連載・「防災施策と情報提供 災害の影響を少しでも軽減するためにどうすればよいか」(9)

各省庁や自治体が想定する情報提供の流れから実災害をイメージする−内閣府懇談会のまとめ資料

月刊『広報』(日本広報協会、2007年12月号)

 中川和之 時事通信社編集委員

 4回に渡って内閣府(防災)の「大規模災害発生時における情報提供のあり方に関する懇談会」の成果を紹介してきましたが、最後は懇談会用にしてまとめられた災害と情報に関する資料を紹介します。首都直下地震を想定して、各省庁が被害に対応して、どの段階でどういう情報を出していくのかを初めてまとめた資料は、時系列に沿って災害後に起きて来るであろう事態を対応策の側からイメージできる貴重な資料になっており、私自身が能登半島地震や新潟県中越沖地震で被災自治体の方に紹介して喜ばれました。また、政府と東京都、練馬区の計画から、どういう機関がどのような内容を広報するかを事象別にとりまとめた資料も貴重なものです。

 報告書の18ページから34ページまでは、「過去の大規模災害における情報ニーズと情報不足により発生した事態」という資料です。これらは、阪神大震災や有珠山噴火、新潟県中越地震、既存の報告書などから、事務局が関係部分をまとめました。
 第6回で紹介したように、この懇談会は災害情報分野の生みの親である故廣井脩東大教授が座長だった「大規模災害発生時における国の被災地応急支援のあり方検討会」で積み残した課題として設置された場で、この「情報ニーズ」に関する資料は、廣井さんがこれまでの災害時に丹念に行ってきた調査研究資料が多く引用されています。

◇大都市でも、山間部でも発生する情報の空白域。避難先で知りたい被災地内の映像

 阪神大震災では、現代社会の大都市のど真ん中でも、大規模災害時には情報の空白域が生じることが分かりました。廣井研が行った情報ニーズ調査で、発災当日は8割方が情報不足を感じ、1週間後には半数が情報ニーズの充足を感じるようになったと言う結果が示されています。当時の報道の大半は、被災地の断片的な情報を外に向かって伝えるだけで、余震におびえながらラジオを聞いていた人が、何が起きているのか分からない事態が続いたことが、これらのデータから分かります。
 マスコミの常として、何かが起きていることを外に伝えるのが仕事です。通常、面的な広がりを持って何かが起きることがないため、外に伝えることでその情報を必要とする人たちに届くわけですが、大規模な災害時には広範な被災地の内側に向けた情報を発信するという必要性が、阪神大震災の時点では考えられていませんでした。その後の災害でも、被災地内に向けた情報発信はけっして充分とは言えません。

 2000年有珠山噴火の際に、廣井研が行った同様の調査では、避難指示区域内の自宅や街の様子に関する情報ニーズが高く、最も役に立った情報源が「自衛隊や北海道開発局などが提供した被災現場の生放送や録画ビデオ」という結果が出ています。阪神大震災当時の同様調査では、NHKラジオやNHKテレビが上位に来ているのですが、住民を情報面で支援することで、既存メディアより役立つという事例があることは、あまり知られていません。避難先がバラバラになった三宅島では、ビデオに撮影された同種の映像が、住民に届けられていました。山古志村でも、避難した住民がニュースで伝えられる上空からの映像を食い入るように見ていました。避難が長期化する災害時には、このような情報提供が重要になることが、これらの結果からも分かります。これらの情報支援策の事例は、報告書73ページからの参考資料5に、詳しく紹介されています。
 また、有珠山噴火では、役立った情報源として新聞の中央紙と地方紙が分けられて尋ねられており、自衛隊などのビデオ、NHKテレビに次いで、地方紙が上げられているのも重要なポイントです。

 新潟県中越地震で、ほぼ孤立してしまった旧山古志村の住民が、地震当日知りたかった情報としてトップに上がったのは、「地震の規模や発生場所」。2番目は「家族や知人の安否」ですが、その後に「地震の全体の被害」、「余震の今後の見通し」と続きます。これらの情報は、ご近所の口コミで聞いた人が最も多く、次いでラジオが上げられていますが、知りたかった情報を得られなかったと感じている人が6分の2近くに上っています。

◇未だに続く、犯罪発生の流言飛語

 情報が不足した場合に発生する事態についても、いくつかの調査結果を整理してあります。関東大震災では、情報不足の中で流言飛語によって朝鮮人虐殺が発生してしまったのですが、阪神大震災の調査でも被災者の8割近くが流言飛語を聞いたことがあることが分かります。3割の人が本当だと思い、本当かもしれないと思った人を含めると流言飛語を信じた人は9割にも上っています。廣井研の調査では、外国人窃盗団など泥棒に関する話を聞いた人が61%で、これは能登半島地震でも、新潟県中越沖地震でも耳にしました。
 ところが、阪神大震災でも、能登半島地震でも明らかな事実は、災害時の犯罪の発生率は、平時に比べて大幅に下がり、凶悪犯罪も、窃盗犯も減るのです。能登半島地震でも、地元自治体も信じていた「ボランティアを名乗る怪しい窃盗犯」という話を研究者が地元警察署で確認したところ、「輪島塗の出物を物色に来た古物商を不審に思ったボランティアが警察に通報した」という話が、ゆがめられて伝わっていったことが分かったそうです。
 阪神大震災でも、棒などを手にした商店街の自警団がいたと聞いたときには、ちょっとびっくりしました。報告書30ページに引用されている阪神大震災直後の新聞記事で、外国人犯罪のうわさに対し地元署副署長が「不心得者はどこにでもいる。こんな事態で犯罪ゼロというのはあり得ない。だがいまのところ、外国人の組織的な関与を示す確証は何もない」と答えています。この答えは間違ってはいませんが、「犯罪発生率は、普段より下がっており、過剰に不安に感じないで欲しい」とまで伝えてほしいと思います。できれば、「国内のこれまでの災害時には、犯罪の発生率は普段より下がっている」と付言できれば、被災地住民が少しは安心して避難所で寝ることができます。有珠山噴火以降、定番になった避難所への女性警察官配備も、制服姿が視覚的に安心を与えるという安心情報の視点での意味は大きいでしょう。

 このテーマは、災害情報を考える上で重要な視点を含んでいます。被害情報などマイナスになる情報は伝わってきますが、無事であるとか、問題ないという安心情報はなかなか伝わりません。連載第7回でも紹介した「国家レベルで安心情報を集約する仕組み」の必要性は、こういう部分でも言えます。
 また、阪神大震災で、仮設住宅の申し込み方法をめぐるさまざまなデマが出回りましたが、これらは制度の備えがなかったことで、起きてしまいました。情報を出そうにも、計画的に準備されていなければ、タイムリーに伝わりません。

◇時系列で整理された広報項目

 報告書の35ページから40ページにまとめられている「災害発生時における情報提供項目と時系列整理」の資料は、災害対策を考える担当者にとっては、必携の資料と言えます。あくまで首都直下地震の最悪ケース(東京湾北部地震、マグニチュード7.3、午前5時発生)を想定したものですが、震源震度情報から、住宅、道路、エレベーター、病院などの被害情報、部隊派遣情報などが、安心情報の視点も含めて276項目が、1週間までの時間経過で整理されています。

 例えば、厚生労働省が水道の供給停止戸数を数時間後から始めると記すだけでなく、中越地震の際には7時間後から情報提供開始という具体例も書き込んであります。災害時の対策を進めて行くためには、事前に考えてある対策をどの段階でどこに打っていくかを判断するには、一定の被害情報が必要になります。逆に言えば、外部に情報提供できるような段階が読めれば、それらの被害情報を元に次の対策を打つことができるようになります。災害時に、各セクションの業務を遂行するために必要な情報が、必ずしも自分のセクションを通じて集められるわけではなく、たくさんの情報が必要になります。被害情報の提供のタイミングが一覧できる資料は、初動の次の一手を打つための情報収集のメドを建てることができる資料です。まだ、各省庁の縦割りで集めたものが基本ですので、凸凹、濃淡がはっきり分かりますが、逆に対策に欠けている支店網木彫りにします。

 また、支援措置関係では、災害救助法、生活再建支援法などの法適用に始まって、金融措置や相談窓口、宿泊施設の提供、災害ゴミなどに関して、2カ月間、25項目で整理されています。支援策については、内閣府で支援制度の一覧をまとめていますが、時系列で一覧整理されたものはなく、これも貴重な資料です。ただ、今年11月、生活再建支援法が改正されたばかりですが、救助法に基づく住宅の応急修理と支援法による住宅修繕などについては未整理のままであるように、情報の受け手=被災地住民側から見て、まだまだ課題の多い分野であることも分かります。

 もう一つのユニークな資料は、報告書の83ページから118ページにわたって、掲載されていますが、06年4月に中央防災会議が決定した首都直下地震応急対策活動要領や、東京都の地域防災計画(03年修正)、練馬区地域防災計画(06年修正)に基づいて、事務局の責任で作成した主な広報事項の資料です。政府が30項目、都が66項目、練馬区では19項目に沿って、どういう主体が広報するかをかなり細かく整理しています。時系列整理の表と合わせて、ぜひ印刷して、直接ご覧頂きたい資料です。(了)

大規模災害発生時における情報提供のあり方に関する懇談会(内閣府hp)


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