大規模災害における応急救助のあり方
平成8年5月
厚生省・災害救助研究会
目次
はじめに
はじめに
・ 平成7(1995)年1月17日午前5時46分、神戸市を中心に阪神地域や淡路島を襲った大震災は、我が国の地震災害として、大正12(1923)年の関東大震災以来の大被害をもたらした。おびただしい数の家屋やビルの倒壊、大火災の発生、電気、水道、ガス、通信等の長期にわたる壊滅、鉄道、道路等の都市交通基盤の損壊により、被災地域の人々は苦難な生活を強いられることになった。その被害状況は、例えば全壊・半壊等の住宅約40万棟、損害額は約10兆円と推定され、そして何よりも、6,300人を超える貴い人命が失われ、負傷者は約4万人、避難者は一時約32万人にも達した。
・ 今回の阪神・淡路大震災は、(1)被害の規模が極めて大きく、被災地域が広域に及んだ「大規模災害」であること、(2)人口が密集した大都市における「大都市型災害」であること、(3)犠牲者の約半数が60歳以上という「高齢社会型災害」であること、また、こうした災害の結果、(4)今なお多くの人々が応急仮設住宅で生活している「長期型災害」であること、(5)応急救助のみならず保健・医療・福祉サービスの提供といった面で多くの課題が提起された「複合型災害」であること、Eさらに、災害救助法が制定された当時と比べ、国民の生活水準が飛躍的に向上し、ボランティアが救援活動において重要な役割を果たした「豊かな社会における災害」であることなど、我が国がこれまで経験したことのない数々の特徴を有している。
・ 阪神・淡路大震災は、我が国の震災対策のあり方はもちろんのこと、危機管理体制、災害予防対策、震災復興の方策、安全な都市づくり等の面で多くの課題を提起している。災害救助制度との関係でいえば、この震災に対しては、災害救助法を適用し、避難所の設置、医療の提供、食料・水の供給、遺体の処理・埋葬、応急仮設住宅の建設等の応急救助が実施されてきた。
しかし、予想をはるかに超えた大規模な災害、大都市型・高齢社会型災害であったことから、応急救助の実施体制、応急救助の内容・方法のあり方、高齢者、障害者、病人、乳幼児、妊産婦等で災害時に特別の配慮を要する、いわゆる「要援護者」に対する支援方法、ボランティア活動と行政との連携、救援物資・義援金の受入れと配分等の面で、災害救助制度に対する数多くの課題が提起されている。
・ 災害救助研究会は、こうした阪神・淡路大震災における貴重な経験を踏まえつつ、大規模災害における災害救助法を中心とする応急救助の実施上の諸問題や今後のあり方について、多角的な視点から総合的に検討を進めることを目的として設置されたものである。
昨年11月に開催以来、阪神・淡路大震災において応急救助を行った兵庫県、神戸市、日本赤十字社、社会福祉協議会、ボランティア団体等の関係者からのヒアリングや被災地兵庫県の視察も含め、9回にわたり議論を重ねてきた。
・ 本研究会が、応急救助の実施上の諸問題を明らかにし、今後のあり方を検討する上で、基本的視点とした主なものは、次のとおりである。
(1) 生活水準の向上に伴う衣食住ニーズの多様化・高度化、高齢化、情報化、国際化、人口の密集化、建築物の高層化、地域コミュニティーの変化、国民や企業の社会参加意識の増大といった社会環境の変化に対応した応急救助の実施が必要であること
(2) 大規模化、長期化した災害に対応できる応急救助が必要であること
(3) 災害発生直後における対策、避難所の設置段階における対策、応急仮設住宅が建設された段階における対策というように、災害発生からの時間の経過によるニーズの変化に的確に対応した効果的な応急救助が必要であること
(4) 避難所の設置、医療の提供、食料・水の供給、遺体の処理・埋葬、応急仮設住宅の建設等の応急救助の実施と併せ、要援護者への支援、保健・医療・福祉サービスの提供、被災者への生活支援、各種相談体制の整備等の一般対策との連携による総合的な対応が必要であること
(5) 近年のボランティア活動への関心の高まりを踏まえ、災害時におけるボランティア活動と行政との連携が必要であること
・ 本報告書は、こうした基本的視点を基に、検討した結果を取りまとめたものである。
今後、本報告書で提案している内容が、我が国の災害救助行政の一層の充実に資するとともに、広く国民の参考となり、災害に対する心がまえを育む一助になることを願うものである。
第一章
第二章
第三章
おわりに
・ 戦後最大の被害をもたらした阪神・淡路大震災の貴重な経験と教訓を生かしつつ、国や地方公共団体等の行政関係者、公益団体、民間企業、あるいは今回の 災害で活躍をしたボランティア関係者等の英知と努力を集めて、今後、起こるかもしれない大規模災害において、その応急救助を適切に行うとともに、被災者が将来に希望をもって生活できるような災害救助対策を展開できる仕組みを構築することが、震災の犠牲者に対する私たちの責務であろう。
・ 既に、このたびの災害の経験を踏まえて、例えば、平成7年6月には、災害時の緊急通行車両の通行の確保のための措置について、また、平成7年12月には、災害対策の強化を図るため、災害対策基本法が改正され、各省庁や地方公共団体等においてはそれぞれの防災計画の見直し等が行われ、所要の施策が展開されている。また、平成8年度政府予算案の中でも多くの災害対策関係経費が盛り込まれている。
・ しかし、こうした将来の大規模災害に備えた取組みは未だ十分とはいい難く、また現実的にも阪神・淡路大震災後の被災地域の復旧・復興対策、被災者への生活支援策等、数多くの課題が残されている。
一方、ボランティアのめざましい活躍は、今後解決すべき課題はあるものの、21世紀に向けて、既存の行政活動とは異なる自発的な市民活動の展開の可能性を見せている。
・ 我が国の自然災害は、地震予知連絡会において、継続的に観測が行われている東海地震を始め、いつ大規模な災害が発生するか予断を許さない状況にあり、ひとたび大都市部で災害が発生すればその被害は計り知れないものとなるであろう。
・ 本報告書では、今後起こるかもしれない大規模災害に備えて、災害救助法を中心とする応急救助が円滑かつ確実に行われ、国民生活に安心と安定をもたらすような対策が実施できるように、個別テーマに即して極力具体的な方策を提言している。
・ 今回は、阪神・淡路大震災の経験を踏まえ、自然災害のうちの大都市直下型地震に伴う応急救助のあり方を中心に検討したが、自然災害に限らず、航空機 墜落事故など大都市における現代社会に特有の災害に伴う応急救助の方策等に ついて検討することも今後の課題であろう。
また、災害救助法に基づく応急救助関係の対策のほかに、医療、廃棄物処理、あるいは人命救助等、関連する他の対策も数多くあり、こうした分野においても、大規模災害時の対応方策について検討しておくことが望まれる。
・ いずれにせよ、本研究会で検討対象とした災害救助法を中心とする応急救助の中には、今後の継続的な調査研究や検討を必要とする課題もあるが、本報告書に盛り込まれた数々の提案を、可能な限り行政施策の中で具体化して、今後、万一大規模災害に見舞われた場合にあっても、地方公共団体が迅速・適切に対応できる災害救助制度の充実を切に望むものである。
・ 最後に、私たち一人一人が、阪神・淡路大震災を始めとする、これまでの災害時における応急救助の経験を決して風化させることなく、災害に対する不断の備えと緊張感を持って対応していくべきことを深く心に留めておきたい。