大規模災害における応急救助のあり方

平成8年5月
厚生省・災害救助研究会



報告書の概要


はじめに
 ・ 阪神・淡路大震災は、被害の規模が極めて大きく、被災地域が広域に及んだ「大規模災害」であること、人口が密集した大都市における「大都市型災害」であること、犠牲者の約半数が60歳以上である「高齢社会型災害」であること、その結果、今なお多くの人々が応急仮設住宅で生活している「長期型災害」であること、応急救助のみならず保健・医療・福祉サービスの提供等多くの課題が生じた「複合型災害」であること、「豊かな社会における災害」であることなどの特徴を有している。
 ・ このような災害の特徴から、応急救助の実施体制やその内容・方法のあり方、高齢者・障害者等の要援護者に対する支援方法、ボランティア活動と行政との連携など、災害救助対策をめぐり多くの課題が提起された。
 ・ 本研究会では、@社会環境の変化に対応した応急救助、A大規模化、長期化した災害に対応した応急救助、B時間の経過によるニーズの変化に対応した応急救助、C応急救助の実施と併せた一般対策との連携による総合的な対応、Dボランティア活動と行政との連携方法を基本的視点として検討を行った。
 ・ 報告書で提案している内容が、我が国の災害救助行政の一層の充実と国民の災害に対する心がまえの育成に資することを願う。

第一章.我が国の応急救助の仕組み
 ・ 我が国の災害対策は、災害対策基本法を中心とした災害対策に関する多数の法律及びそれに基づく防災基本計画、防災業務計画及び地域防災計画に従って、総合的かつ計画的に実施されている。
 ・ 災害救助法による応急救助対策は、「被災者の救難、救助その他保護に関する事項」について実施され、具体的には国の責任において、都道府県知事が国の機関として実施し、市町村長がこれを補助するものである。

第二章.応急救助をめぐる課題
 ・ 今回の災害に対し、災害救助法を適用し、国や他の地方公共団体、ボランティアの支援の下に、避難所設置、医療の提供、食料・水の供給、遺体の処理、応急仮設住宅の建設等の懸命の応急救助を実施した。
 ・ しかし、課題として、@職員参集等の初動体制や情報の収集・提供体制等の応急救助の実施体制、A膨大な数の被災者に対応した避難所の設置、救護班の派遣、応急仮設住宅の建設等応急救助の内容・方法のあり方、B避難所の室温、食事内容、応急仮設住宅の設備等の面での要望に応えられる生活水準の向上等に対応した救助のあり方、C高齢者・障害者等の被災状況の迅速な把握、情報提供等要援護者に対する支援のあり方、Dボランティア活動と行政との連携のあり方、E救援物資・義援金の受入れや配分のあり方が提起された。


第三章.大規模災害における応急救助のあり方
 1 応急救助の実施体制
交通や通信の途絶、本人や家族の被災の中で、応急救助を実施するための職員の確保に加え、他の地方公共団体による広域的な応援体制の整備が必要。他方、行政による応急救助活動が実施されるまでの間は、「自分の身は自分で守る」という「自助努力」の精神により、住民一人一人は、平常時から3日分程度の食料・水等の備蓄に努めることが望ましい。また、地域住民の相互協力が必要であること。地方公共団体は、  広報活動を通じ、周知しておくこと。
 (1) 地方公共団体における職員の確保
バイク等を利用した行政職員の自発的参集、災害救助担当職員に対する実践的研修等その資質向上、市町村福祉部局の要員確保を図ること。
 (2) 広域的応援体制の整備
地方公共団体間、地方公共団体と事業者間の災害援助協定の締結、国による現地対策本部の設置・被災地以外の地方公共団体職員の派遣要請、災害経験地方公共団体による支援を行うこと。政令指定都市の位置付けについてさらに検討すること。

 2 情報収集・提供
 (1) 被災地方公共団体による情報提供・連絡
防災業務無線、衛星通信等多様な通信手段を確保し、被害情報を迅速に把握・連絡すること。また、停電等を想定したバックアップシステムを整備すること。
 (2) 被災者への的確な情報提供
掲示板、防災放送、広報車、パソコン、ファックス、ミニFM局等による的確な情報提供を行うこと。手話通訳、文字放送、外国語等による障害者や外国人への情報提供を行うこと。また、時間の経過を踏まえた被害者ニーズに即した情報提供を行うこと。

 3 応急救助の内容・方法
 (1) 避難所の設置運営
@ 大規模災害に対応できる避難所の確保:教育施設、社会福祉施設、その他の公共施設を避難所として指定するとともに、指定避難所の住民への周知を行うこと。また、民間所有施設を避難所として確保すること。
A 避難所の運営体制の確保:避難所には管理責任者を配置し、被災者台帳の作成、安否の確認、被災者ニーズの把握等を行うこととし、このための避難所運営マニュアルを作成すること。避難住民の代表を選出し、住民やボランティアが一体となった運営や巡回パトロールを行うこと。
B 避難所での情報提供:ラジオ、テレビ等の協力のほかにパソコン通信やファックス情報、ミニFM局等の多様な手段を活用すること。
C 避難所の生活環境の整備充実:避難所設置が長期化することが見込まれる場合には、必要に応じ間仕切用パーテーション、洗濯機、仮設風呂等を配備すること。衛生管理面での対策や電気容量の確保方策を講じること。

 (2) 医療の提供
@ 救護班の派遣体制の整備:外部からの救援が到着するまでの間応急的な救命措置が可能となるよう医療機関においては平常時から自主的な防災訓練を行うこと。また、公立病院、地域医師会・医療関係団体の協力を得て救護班を編成しておくとともに、他の地方公共団体と派遣に係る災害援助協定を締結しておくこと。
A 国と地方公共団体との協力による救護班の派遣・受入れ調整:国は被災地方公共団体と協力し、全国的な救護班の派遣調整と被災地に設置した現地対策本部による受入れ調整を行うこと。
B 救護班活動の後方支援:ヘリコプター等による重篤救急患者の広域搬送体制を整備するとともに、多数の患者を受け入れるためのスペースやヘリポートを備えた後方受入れ病院の整備に努めること。医薬品や医療機材の供給のため薬剤師を確保するほか、医薬品卸売業者とのネットワークを整備しておくこと。

 (3) 食料・水の供給
@ 食料・水の確保:住民一人一人による3日分程度の食料・水の備蓄が望ましく、地方公共団体はこの旨を周知すること。行政においても、乾パンにのみ限定することなく、今後多様な保存食の研究開発を推進すること。また、消費生活協同組合、スーパーマーケット等食品関係業者や他の地方公共団体との災害援助協定を締結すること。この場合、船舶、ヘリコプター等による輸送、要請のない段階での自主的な支援も想定しておくこと。
A 食料の質の確保:初期の大手業者による食料供給から地元業者への移行、自衛隊やボランティア団体による炊出し等により質を確保すること。避難所で個人の炊事が可能となるよう仮設炊事場の設置等に努めること。
B 応急給水:飲料水のほか、医療用水、消火用水、トイレ、洗濯、入浴等の生活用水を確保すること。また、水道事業者による災害援助協定の締結等の広域的な支援体制を整備するとともに、国や被災地方公共団体は必要に応じ広域的な応援を要請すること。

 (4) 生活必需品の提供
必要物資の備蓄に加え、他の地方公共団体や事業者と物資供給協定を締結しておくこと。また、地方公共団体の積立が義務付けられている災害救助基金を活用し物資を備蓄すること。

 (5) 遺体の処理・埋葬
ドライアイスや棺、遺体搬送車両の確保、ヘリコプターを活用した搬送方法、他の地方公共団体との協力等広域的な実施体制を整備しておくこと。なお、広域的な火葬に必要な火葬場の被災状況、利用状況等のデータベースを整備すること。また、遺体安置所に検案担当医師を集中的に配置するとともに、火葬相談窓口を設置すること。

 (6) 応急仮設住宅の設置
@ 建設用地の選定・確保:当該地方公共団体の公有地を確保するほか、国有地の無償貸付制度の活用、民有の建設可能用地の事前把握を行うこと。また、立地条件を考慮すること。
A 整備の方法・水準:1K、共同住宅等、入居者のニーズに応じた多様なタイプを供給すること。エアコン、風呂、断熱材等はもとより、バリアフリー仕様にするなど、標準仕様を改善すること。また、入居者のコミュニティーづくりに配慮し、その拠点である「ふれあいセンター」を一定数以上の団地に設けるなどのルール化を図ること。
B 入居決定のあり方:高齢者等が集中する応急仮設住宅が生じないよう、コミュニティー単位での入居、一定割合を高齢者等向けとして事前に留保するなどの配慮を行うこと。また、今後の恒久住宅の建設計画等を早期に提示すること。
C 設置後の運営:仮設診療所・仮設保育所の設置、「こころのケアセンター」の設置、ボランティア活動拠点の設置、ホームヘルパーの派遣等の保健・医療・福祉サービスの提供、相談体制の整備等の今回の取組みを今後役立てること。また、路線バスの増発等の利便の向上を進めること。
D その他の課題:設置期間の延長、撤去・復元に係る費用負担について、ルールづくりを検討すること。

 4 要援護者への支援
@ 在宅要援護者の安否確認:福祉事務所は介護サービスの受給者リストを整理するなどにより、常に要援護者の把握に努めるとともに、災害時の安否確認の方法を関係者に周知しておくこと。また、要援護者の被災を想定した防災訓練を行うこと。
A 要援護者に対する情報提供:掲示板、ファックス、広報誌、広報車のほか、点字・音声、手話・文字放送、多言語等多様な手段により情報を提供すること。
B 避難所における要援護者対策:障害者用トイレ、スロープ等の設置など構造上配慮すること。車椅子、おむつ、ガイドヘルパー・手話通訳者の派遣、ニーズ把握のための相談窓口を設置し、物資や人材の確保に努めること。
C 応急仮設住宅における要援護者対策:スロープ、手すりの設置等要援護者の利用に適したバリアフリー仕様とすること。また、福祉サービスを受けながら生活できる「地域型仮設住宅」設置の取組みを進めること。
D 社会福祉施設における要援護者対策:災害時に、要援護者を一時的に受け入れる施設としての「福祉避難所」(仮称)を設置すること。このような施設を地域防災計画に位置付け、災害救助基金による備蓄を行うとともに、あらかじめ災害時に利用可能なスペース、備蓄物資の把握を行うこと。また、広域的な施設間での受入れ調整、職員の応援派遣等を国や地方公共団体が行うこと。
E 一般対策としての保健・医療・福祉サービスの充実:1週間後を目途に保健・医療・福祉サービスを提供するため、2〜3日後から全避難所で要援護者の把握調査を行うこと。今回注目されたPTSD(心的外傷後ストレス障害)等に対応できるよう中長期的なメンタルヘルス対策を行うこと。平常時から保健・医療・福祉サービスの充実を図ること。
F 市町村福祉部局における実施体制の確保:福祉部局職員が災害救助関係業務に忙殺され、要援護者対策ができなくなることのないよう災害時の担当業務ガイドラインを定めること。

 5 ボランティア活動と行政との連携
@ ボランティア活動の基盤整備:行政機関とボランティアが協力できるようボランティア活動支援のためのガイドラインを作成すること。また、活動拠点づくり、活動参加プログラムの開発、ネットワーク体制の整備等地方公共団体による基盤づくりを進めること。
A ボランティア活動の受入れ・連携:行政窓口やボランティアコーディネート組織を対外的に明確化すること。また、行政機関やボランティア団体等は随時ニーズ把握を行い、相互に情報を共有するよう努めるとともに、ボランティアニーズの公表、   募集を行うこと。
B ボランティア活動のコーディネート組織の強化:地方公共団体、社会福祉協議会、日本赤十字社等において平常時からコーディネーターを養成・配置するよう努めること。また、医療などの専門分野のボランティア団体との連携も重要であること。
C 活動支援:ボランティア保険の紹介・普及、ボランティア基金、全国社会福祉協議会によるボランティア募金、共同募金等による助成のほか、ボランティア団体への法人格の付与などの制度面を整備すること。
D ボランティア団体等のネットワーク化:ボランティア団体相互のネットワークは不可欠であり、地方公共団体や社会福祉協議会等によるネットワークの調整役が期待されること。

 6 救援物資・義援金
@ 救援物資の受入れと配分:災害発生直後は救援物資が必要であるが、長期になれば物資より金銭の方が効果的な場合が多く、この旨周知すること。物資の集積基地や配送ルートを確保すること。また、物資の仕分けが容易に行えるよう、品目別の発送、識別票により内容表示等の工夫が望まれること。古着等送り手にとって不必要なものはものは受け手にとっても不必要な場合が多く、未使用なものとすること。時間の経過とともに必要な物資も変化することから適宜、必要な種類と量を報道機関の協力も得て呼びかけることが効果的であること。
A 義援金の受入れと配分:募集・配分委員会を組織し、配分基準を公表するとともに迅速かつ適切な配分に努め、配分が終了した段階での監査の実施、配分状況の公表等により、公平性、透明性を確保すること。義援金を送る寄附者の善意が生かされるよう、使用目的を明示して義援金を受け入れる「ドナーズチョイス」等の導入を検討すること。また、日本赤十字社等の関係者を中心に義援金の募集、配分、公表に関するガイドラインの作成が望まれること。

 7 その他の生活支援対策
@ 被害認定:被害認定や罹災証明書の発行が迅速に行えるよう専門職員の養成、要員の確保に取り組むこと。
A 生活支援対策:災害弔慰金の支給、災害援護資金や生活福祉資金貸付制度を周知するとともに、事務処理体制を整備すること。

おわりに
 ・ 本報告書は、今後の大規模災害に備えて、災害救助法を中心とする応急救助が円滑かつ確実に行われるよう具体的な方策を提言したものである。今後の継続的な調査研究や検討を必要とする事項もあるが、これらの提言が行政施策の中で具体化されることを望む。
 ・ なお、自然災害のほかに、航空機墜落事故等大都市における現代社会に特有の災害に伴う応急救助の方策も将来の課題である。また、災害救助法に基づく応急救助のほかに、医療、廃棄物処理等の課題も数多くあり、その対策も別途検討しておくことが望まれる。


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