自らの「餅屋」領域を超え、専門機関と平時からの連携を

=防災基本計画などからみた「特殊災害」=

「近代消防」2000年10月号

時事通信社神戸総局 中川和之


 災害ボランティアの人たちと議論するときに、私は「『餅は餅屋』が原則」という言葉をよく使う。ボランティアは、自発的に行動するところから始まるため、つい何でも自分たちでやってしまおうとしかねない。そこで、そのことについてもっと詳しい専門家・専門組織と連携する、言い方をかれば専門組織を市民サイドから「うまく使う」必要性を理解してもらうためだ。
 さらに言うと、どのような「餅屋」があるのか、つまり災害時にどんな専門家・専門機関がどういう活動をするのか、日ごろから知っておくことがいかに大切なのかを理解してもらうためだ。
 119番をしたら「火事ですか、救急ですか」と言われるように、消防組織は火災や救急分野についての「餅屋」だ。発生対応だけでなく、予防分野においても、火災のみならず、救急においても救急救命士の配置が広がって蘇生法の普及などに力を入れている。
 さて、近代消防の7月増刊号で特集した「特殊災害」という用語は、消防の世界での言葉である。手元にあった消防白書をひもとくと、特殊災害のところに、ガス災害、毒物・劇物等の災害、原子力災害、海上災害、航空機災害、地下施設等の災害とある。これらの分野の中にも、それぞれ火災、救急について「餅屋」の領域を発揮できる場面も少なくないが、それぞれの専門性は消防の領域を超える部分が大きい。一方で、白書では、特殊災害とは別に、危険物施設等における災害、石油コンビナート災害、風水害、火山災害、震災とある。いずれにおいても、火災、救急という餅屋の領域以外の部分を多く抱える。
 これらの災害に対応しなければならない消防機関が、どのような専門機関と連携しなければならないのか、普段から十分理解されているだろうか。末端まで万全であると胸を張れるところは、きっとないであろう。それは、それぞれの努力不足とだけでは言い切れない、日本全体としての災害対策で未整理の部分が多すぎるからだと考える。

専門組織との連絡・連携体制を

 そこで、ここではまず、行政全体の防災対策をまとめている「防災基本計画」に基づいて、特殊災害にどのような組織・機関がかかわっているのかを、整理してみたい。
 阪神・淡路大震災、ロシアタンカー「ナホトカ号」の重油流出事故などの反省から、防災基本計画は1997年6月の中央防災会議で見直された。そこでは、自然災害と事故災害に大きく分け、事故災害として、海上災害、航空災害、鉄道災害、道路災害、原子力災害、危険物等災害、大規模な火事災害、林野火災の対策をまとめている。基本方針には、「国、公共機関、地方公共団体、事業者、住民などが一体となって最前の対策をとることが被害の軽減につながる」とうたっており、各災害ごとに特徴的な部分を紹介する。
 改正前の旧計画では、予防の項目で、海上災害、航空災害、漏電・爆発事故、コンビナート事故、原子炉災害、石油など危険物の大量流出に対する対策を求めていたが、応急対策については災害の種類に応じた記載はほとんどなく、見直しによって、各災害ごとの特徴を反映し、関係する機関も明示している。これらから、どこが「餅屋」であるかを理解し、連携を図る努力を重ねることが重要だ。

海上災害対策編

 海上災害対策編では、船舶の衝突、乗り上げ、転覆、火災、爆発、浸水、機関故障などでの多数の遭難者、死傷者などの発生や、危険物などの大量流出などの海上災害対策を記している。
 応急対策への備えとしては、国、公共機関、地方公共団体に加え、海上運送事業者など関係事業者に対して、休日も含む相互の情報連絡体制の整備や、自衛隊への派遣要請を知事だけでなく海上保安庁長官との間で迅速に行えるよう、体制の整備を求めている。
 医療活動についても、保安庁と医療機関や消防との連絡体制の整備や、連絡・連携体制の計画作成に努めるものとしている。また、防災訓練でも保安庁や消防、警察のほか、関係事業者、港湾管理者での連携訓練を実施するとしている。
 災害応急対策としては、海上事故は関係事業者などから保安庁に連絡が入り、国を通じて都道府県、都道府県から市町村に連絡するなど、海上保安庁が中心になる。原油流出などの警戒本部も海上保安庁長官を本部長とし、現地の連絡調整本部も、原則として管区海上保安本部内としている。政府の非常災害対策本部の事務局は原則として運輸省内とし、現地対策本部長は原則として運輸政務次官と、保安庁、運輸省が中心だ。

航空災害対策編

 また、航空災害対策編は、航空機の墜落などを想定し、運輸省や航空会社に対して、予防対策の充実を求めているほか、空港管理者と消防、警察の間で連携強化のための体制整備を求めており、空港事務所長に自衛隊への派遣要請が迅速に行えるよう準備を整えるとともに、空港管理者は防災関係機関との連携強化のための空港緊急計画を策定し、消防と医療機関などの連絡・連携体制の計画作成にも努めるよう求めている。
 事故情報などは、航空会社から運輸省に入り、運輸省から都道府県、都道府県から市町村へ連絡されることになっているのは、保安庁との役割分担と同様である。救助や、救急、消火活動においても、空港管理者が速やかに被害状況を把握するとあり、火災発生状況を消防機関に通報し、連携して消火活動を行うとしている。非常災害対策本部は運輸省内とし、本部長は運輸大臣、現地対策本部長は運輸政務次官としている。

鉄道災害対策編

 鉄道災害対策編は、列車の衝突などによる多数の死傷者の発生を想定し、鉄道事業者に対する安全運行の確保などの予防対策を求めている。
 鉄道事業者は、救助・救急活動のために事故直後の旅客避難体制の整備と共に消防機関との連携強化に努めるとされている。医療に関しては地方公共団体に対して、あらかじめ鉄道事業者や医療機関、消防などとの連絡体制の整備を求めており、鉄道事業者に対しては火災被害を最小限に留めるための初期消火体制の整備と消防機関との連携強化を努めるよう求め、事故直後に自力で行う救助・救急活動以降は、他の機関に可能な限りの協力に努めるようとしている。
 事故情報は、鉄道事業者から運輸省に報告され、都道府県を経て市町村に連絡され、応急対策などの活動状況も運輸省に報告する。非常災害対策本部の事務局は原則として運輸省内としているが本部長は定めておらず、現地対策本部長は運輸政務次官としている。

道路災害対策編

 道路災害対策編は、道路構造物の被災などによる多数の死傷者の発生などの道路災害対策を記している。ここでの中心は、道路管理者であり、建設省、都道府県、市町村のほか、一部民間の有料道路の管理者も対象になりうる。
 救助・救急、医療、消火活動の備えについて、道路管理者と自治体に対して、連絡体制の整備や連携計画の作成を求めている。災害発生時の救助や救急、消火活動に関しては、道路管理者は自治体の要請を受けて協力するとしている。
 事故情報は、道路管理者は建設省に連絡し、都道府県を経て市町村に連絡し、応急対策についても同様に建設省に連絡。非常災害対策本部の事務局は建設省内としているが本部長は定めず、現地対策本部は建設政務次官としている。

原子力災害対策編

 原子力災害対策編は、原子力発電所などで事故が発生し、影響が周囲に及ぶ際の対策について記している。JCOの臨界事故後の昨年12月に、原子力災害対策特別措置法が定められ、そこでは、「原子力緊急事態により国民の生命、身体または財産に生ずる被害」を原子力災害とし、当事者を「原子力事業者」と、核燃料加工も含めて幅広くとらえている。
 防災基本計画では、事故発生情報や応急対策の情報を原子力発電所などから市町村や科学技術庁、通産省に連絡するとし、同法ではさらに隣接都道府県への通報も義務づけている。
 対策本部に関しては、防災基本計画に基づき、事故の影響が周辺に及ぶ恐れがある場合に、主務大臣を長とする事故対策本部を設置するとしている。さらに、防災基本計画では非常災害対策本部(これも主務大臣が長)としているが、これは原子力災対法では、原子力緊急事態宣言をするような自体の場合は首相を長とする原子力災害対策本部を設置するとした。
 また、同法では、現地対策本部は防災基本計画からランクを上げて、長を国務大臣や内閣危機管理監を指名することができるとしている。
 医療活動に関して、防災基本計画では、国や日本赤十字、自治体、事業者に、放射線測定資機材、ヨウ素剤、除染資機材などを整備するとしているほか、JCO事故でも活躍した放射線医学総合研究所(放医研)に、外部専門医両機関とのネットワークの構築と、情報交換、研究協力などを通じて、緊急医療体制の充実を図るとし、災害時には放医研のチームを現地に派遣するとしている。
 消火活動では、市町村に対し、平常時から事業者との連携で消防体制の整備に努めるとされている。避難や屋内退避に関しては、他の災害と異なり、国の指導・助言に基づいて市町村が実施するとしているのも原子力災害の特徴だ。

危険物等災害対策編

 危険物等災害編では、危険物や高圧ガスの漏洩・流出、火災、爆発や、毒劇物の飛散、漏洩・流出、火薬類の火災、爆発、石油コンビナートでの危険物などの流出、火災、爆発などによる多数の死傷者の発生を想定している。
 医療活動の備えについて、自治体と事業者に対して連絡体制の整備や連携計画の作成を求めているほか、消火活動でも事業者の自衛消防組織とも連携した体制整備を求めている。
 事業者は、事故発生や被害状況、対策状況を、まず市町村に連絡し、市町村からそれぞれ危険物の種類によって消防庁、通産省、厚生省の担当省庁に連絡するとしている。非常災害対策本部も、危険物を所管する省庁に事務局を置き、現地本部の長も当該省庁の政務次官としている。

日ごろからの関係構築を

 防災基本計画の共通対策編の中に、情報の分析整理のために、国や自治体は人材の育成や、必要に応じて専門家の意見を活用できるよう努めるとしている。「餅屋」の持つ専門性を理解した上での防災対策、災害応急対策を行うために、各事業者の状況について、自治体は積極的に把握しておくことが求められているのだ。
 防災基本計画で見ると、所管官庁が別れる危険物災害や原子力災害を除いて、事業者=餅屋からの情報は所管官庁から、都道府県を通じて市町村に渡ることになっている。正規の情報の流れがそう位置づけられていたとしても、災害対策の中核は住民に直接向き合う市町村であり、事業者からの情報を独自で収集できる情報連絡ルートの確保が欠けたままになりかねないことに注意すべきだ。

総合的な判断目指す危機管理室

 政府は、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件、ナホトカ号事故などの反省から、中央省庁の行政改革を先取りする形で、1998年4月に内閣危機管理監以下のチームを結成し、初動対応の充実を目指している。「対応の厳しさでは最たるもので国の総力が問われる」(安藤忠夫内閣危機管理監)という大地震の場合でも、関係閣僚会議の即時開催で発生から2時間で首相が会見して対処策を発表できる体制を構築している。
 内閣安全保障・危機管理室には、各省庁から派遣された中堅クラスの職員が張り付いて、出身母体の知識を活かしてディスカッションし、以前は地震とハイジャックの2つしかなかった官邸の危機管理マニュアルを、津波、風水害、火山災害、大量殺傷事件、船舶事故、油流出、航空機事故、鉄道事故、道路災害、コンビナート事故、大規模火災、原子力事故の14分野に拡大。専門家の協力も求めて図上訓練などを重ね、マニュアルの改善を図っている。
 国全体にかかわる危機管理を行うため、それだけの人材を集めることができるのかも知れないが、自治体レベルでの対応が求められる災害に対しても、それぞれで同様の準備がいるのではなかろうか。
 政府の危機管理室に近い対応を取っているのが兵庫県だ。阪神・淡路大震災の反省から、全国初の副知事級の防災監を置き、自然災害から事故災害、食中毒など、行政機構の所管を超えた危機管理対応が求められると考えられる分野には、すべてかかわっている。
 兵庫県の斎藤富雄防災監は「行政判断には、総合的な視点が必要だが、専門知識の助言がなければ、災害対応はスムーズにいかない。専門知識と行政をどう総合的にジョイントさせるかは、未整理なのが現状だ。行政同様に縦割りの弊害もある専門家には、知識や意見を求めて、判断は行政が行うこと」と指摘する。「餅屋」を活かすための知恵が行政には必要なのだ。
 特殊災害、事故災害は、それぞれ人がかかわって起きるわけで、その事業者には専門知識を持った人材は存在するはずだし、自治体組織内にもそれぞれ担当するセクションは存在し、そこに一定程度の知識を持った人材はいるはずだ。日常業務の中で接触があるセクションの職員が、専門知識・人材のパイプ役となり、災害時に必要となる「餅屋」の知恵の活用を図ることが求められる。

事故調査・捜査機関との連携も

 特殊災害、事故災害には、事故の再発防止や、原因究明、責任追及をする機関がある。自治体が災害対応を行っていく中で、消防、警察だけでなく、海上保安庁、労働基準監督署、航空事故調査委員会、鉄道事故調査検討会、原子力安全委員会などの手続きがどうなっているのか、いざというときに混乱しないよう、理解しておくことも忘れてはならないだろう。


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