近代消防05年6月臨時増刊号 特集 国民保護法の施行と危機管理

避難住民の救援は、災害救助法がベース=長期避難にも“仮設住宅”

中川和之 時事通信社編集委員

・基準にこだわらず、「臨機応変」がポイント

 国民保護法に基づく避難住民に対する救援の内容は、大半が災害救助法と同一基準で行われる。集中豪雨、台風、地震と災害が相次いだ16年には、多くの自治体が災害救助法とつきあうことになったが、ここ数十年、一度も運用したことがないという自治体も多い。武力攻撃や大規模テロという緊迫した状況下で、国民保護法に基づいて避難住民の救援を計画する上では、一言で言えば「臨機応変」という災害救助法の特性を理解しておくことが、ポイントであろう。

 昭和22年に日本の災害対策の基本法として制定された災害救助法は、基準は定められているものの、「特別基準」が当たり前という通常の行政運用感覚からすると違和感を感じるであろう運用が前提である。厚生労働省の「大規模災害における応急救助の指針」(1997年6月、2002年3月改正)に、「災害の規模や態様は千差万別であることから、災害発生時には本指針に基づきつつも、臨機応変な対応が必要である」と書いてあるように、「やる気になれば何でも出来る」という法律とも言え、これは国民保護法においても、引き継がれている。

 災害救助法では、緊急の場合は知事が厚生労働大臣と電話で協議して特別基準を設定でき、厚労省の災害救助事務取扱要領では「通常の定型的な事業等で国の補助基準が定められ、これを超える場合に大臣に協議して特別基準を設定する事業とはいささかその性格が異なる」と指摘し、災害の規模などで対応が大きく異なるとして、一般基準の範囲内で「硬直的な運用に陥らないよう」と記しているほどだ。

 国民保護法でも知事は大臣に特別基準設定の意見を申し出ることになっており、基準にこだわった硬直的な運用に陥らないことが重要になる。

 災害救助法の適用権限は、大臣から都道府県知事とより現場に近いところにおろされたが、国民保護法に関しては武力攻撃事態などの認定をした政府が、都道府県に対して救援の指示もすることになっている。事態が緊急を要し国の指示を待ついとまがないときには、都道府県の判断で行えるが、基本は国の判断、指示が前提となる。災害時には国が救助費を最大で9割を、都道府県が1割支出するが、国民保護法では全て国が支出することになっている。

 災害時の救助は、避難所の運営や食事の供与など、市町村が実施する部分が少なくないが、費用を国と都道府県が持つと言うことの意味について、ある自治体の担当者は、「『(少なくとも救助法の部分は)財源は気にしないで、あらゆる手で住民を救援しろ』ということ。一部でも市町村負担があったら、財政負担が気になって支援策も慎重になってしまいかねない」と指摘する。

 国民保護法が想定する事態への救援についても、都道府県は「費用は全部国が出すから、自治体はとにかく住民の救援で最善を尽くせ」という意味に受け止め、基準にこだわらずに臨機応変に対応し住民の救援に臨むという意識が大切だ。

 17年3月に、消防庁国民保護室がまとめた都道府県国民保護モデル計画や、16年9月に出された厚労省告示などを元に、具体的な内容を見ていこう。

・避難先と被災地の双方が対象、種類は救助法と同一、期間は事態発生後に

 食品や水、避難所や仮設住宅の提供という救援は、対策本部長(総理)は、(1)避難指示と同時に、避難先地域の都道府県知事に対して救援措置を講ずべきとの指示をする(国民保護法七十四条1項)、(2)被災者が発生した地域で救援が必要と認めた場合にも措置を講ずべきとの指示ができる(同条2項)−と、国からの指示が前提ではあるが、「事態に照らし緊急を要し、救援の指示を待ついとまがないと認められるとき」(同七十五条)は、知事の判断で救援を行うことができることになっている。

 救援の内容は、国民保護法では、法律に7項目と、施行令に4項目の計11項目となっている。災害救助法では、法律に9項目、施行令に2項目と項目数は同じだが、国民保護法では「電話その他の通信設備の提供」を加え、「生業に必要な資金、器具又は資料の給与又は貸与」を盛り込んでいない。

 これについて、消防庁は昨年9月17日付で出した国民保護法の施行の留意事項についての通知で、「避難の長期化で通信設備への要望が強くなる」、「政府関係金融機関からの貸付等によってより充実した形で担保されている」と記している。実際の災害時には、NTTが防災業務計画で避難所などに災害用臨時電話を設置することになっているほか、大規模災害の救助指針でもパソコンなどの設置を求めていた。

 一方で、生業資金の貸し付けなどは、災害救助法に規定はあるものの、現実には運用されていない。災害救助事務取扱要領にも該当項目はなく、自治体職員向けの「災害救助の実務」の16年度版では、様々な公的資金の融資について、分かりやすくまとめているほどで、実質的に機能していない項目だ。

 国民保護法には「救援の程度、方法及び期間に関し必要な事項は、政令で定める」(七十五条3項)とあり、程度や方法については災救法と横並びの基準で、厚労省が告示している。一方、実施する期間については、長期にわたることも予想されるため、事態が起きてから、厚生労働大臣が定めることになっている。

〔国民保護法〕
 一 収容施設(応急仮設住宅を含む。第八十二条において同じ。)の供与
 二 炊き出しその他による食品の給与及び飲料水の供給
 三 被服、寝具その他生活必需品の給与又は貸与
 四 医療の提供及び助産
 五 被災者の捜索及び救出
 六 埋葬及び火葬
 七 電話その他の通信設備の提供
 八 前各号に掲げるもののほか、政令で定めるもの
〔同施行令〕
 一 武力攻撃災害を受けた住宅の応急修理
 二 学用品の給与
 三 死体の捜索及び処理
 四 武力攻撃災害によって住居又はその周辺に運ばれた土石、竹木等で、日常生活に著しい支障を及ぼしているものの除去

・事態が進行中は“仮設”の長期避難住宅も想定

 厚労省の告示で定められた救援の程度や基準をみると、収容施設については、学校や公民館などの既存建物を利用する通常の避難所や、高齢者や障害者などの妖艶誤写のための福祉避難所というメニューに加えて、モデル計画に「宿泊施設等」とあるように、ホテルや旅館などを避難所にすることができる。継続的に利用できるような形も可能だが、新潟県中越地震では、「一次避難所」として、通常の避難所から2泊3日で旅館で温泉に入ってリフレッシュしてもらい、また避難所に戻るという、長期化対応プログラムなどとしても実施されており、国民保護でも同様の取り組みも可能だ。企業の保養所や、公的な青少年野外活動施設なども、災害時に活用例が多い。

 長期にわたる場合には「長期避難住宅」という救助を行う。設置の費用などハードとしては仮設住宅だが、避難所の延長との位置づけで、避難所としての維持費、光熱費、管理のための人件費なども支出でき、「入居」する人は炊き出しや食品の供与も受けられる。一方で、応急仮設住宅同様に、50戸以上まとまって建てた場合は、別費用で集会室の設置も可能だ。

 たいていの自然災害は一度発生してしまえば、救援から生活再建、復興とステップを踏んでいけるが、武力攻撃事態は攻撃の継続も想定されるため、当初から長期化を前提にしたプログラムとなっているわけだ。

 自然災害でも、最長で5カ月間、避難所が開設された有珠山の噴火災害の際には、企業の寮などの小規模施設で2世帯で1室など仮設住宅に近い住環境での避難所暮らしとなった例もある。4年半にわたって全島避難が続いた三宅島や、地震に伴う地盤災害で村ごと避難した旧山古志村など、すぐに戻って生活の建て直しが出来ない自然災害での経験もふまえ、仮設住宅としてではなく、避難所として位置づけたと言えるだろう。

 また、モデル計画では「避難所におけるプライバシーの確保への配慮」とあるが、大規模災害救助の指針で求めている「間仕切り用パーティション」の設置も不可欠だろう。有珠山の噴火や新潟県中越地震、福岡県西方沖地震で、長期化した避難所でもパーティションの設置を住民代表が断るケースも少なくない。避難所の運営に関わる町内会幹部らが、「住民の顔が見え、一緒に頑張る気持ちになれる」などとして運営のしやすさを念頭に置き、地域住民のプライバシーを犠牲にしているとも言える。自然災害より一層、不安が多いであろう武力攻撃時には、設置が当然であるべきだろう。

 一方、応急仮設住宅の設置は、避難指示が解除された後か、攻撃後に新たに災害を受けるおそれが無くなった段階で設置するとしている。住宅の応急修理や、障害物の除去も、同様の段階での実施とした。

 炊き出しや食品・飲料水の供与、学用品の提供は災害救助法とまったく同じだが、生活必需品の提供は長期にわたる場合に再度の提供もできるとした。

 「電話その他の通信設備の提供」は、電話やインターネットを使えるパソコンなどを避難所に設置するとしており、避難所の経費とは別に通常の実費を支出できるとしている。災害救助法でも、長期化する場合はパソコンやファックスを避難所に設置することができるが、避難所維持費からはみ出した部分は特別基準として認められることが必要になることを考えれば、より情報通信面を重視していると言える。

 モデル計画には触れられてはいないが、避難所へのテレビの設置も当然、不可欠だろう。阪神大震災の初期にもっとも情報が届かなかったのが被災地のど真ん中というようなことにしてはならない。有珠山噴火の避難所では、自衛隊などが撮影したヘリテレビの映像を提供して住民の不安感を解消したようなことも考えておく必要があるだろう。

 被災者の捜索や救出、死体の捜索は、国民保護法の対象として自治体が実施するのは、避難指示が解除された後か、攻撃後に新たに災害を受けるおそれが無くなった段階以降である。それ以前は、自衛隊などの専門組織の業務範囲として区分されている。

〔基準額(16年度)〕
避難所・長期避難住宅の設置、維持・管理費 1人1日300円(冬季や福祉避難所は別)
仮設住宅・長期避難住宅 1戸あたり29.7平米を標準、243万3千円以内
炊き出しその他食品の供与 1人1日1010円以内
生活必需品の現物支給費 4人世帯夏季3万9千円
住宅の応急修理 1世帯あたり51万9千円
文具費・通学用品費 小学生1人あたり4千百円

・避難所を事前把握し、全国データベース化

 国民保護の指針やモデル計画では、避難施設の情報を全国的に共有するデータベースを作るため、都道府県は国で定める標準的な項目で避難施設の情報を整理し、定期的に国に報告をすると同時に、市町村や住民にも伝えるとしている。避難施設についての標準的な項目については、トイレや給食設備、浴室、非常電源の有無なども含めて、国が都道府県に通知をすることになっている。

 さらに、国民保護のモデル計画では当該施設で避難住民の受け入れなどに使う10分の1以上の面積が増減した場合には、施設側から都道府県に届け出を求めるとし、福祉避難所に活用できる社会福祉施設や宿泊施設、長期避難住宅や仮設住宅に活用できる賃貸住宅もリストして準備。食料の備蓄や、調達が可能な物資も、流通網も把握してリストにしておくことを求めている。

・「毛布」と「おにぎり」を一方的に措置する救援に逆戻りしないために

 厚生省災害救助研究会の報告書「大規模災害における応急救助のあり方」(8年)に、災害救助法の目的が「個人の基本的生活権の保護と全体的社会秩序の保全」と書かれているように、1947年に成立した災害救助法自体、被災者の生活を立て直す支援をするということよりも、治安維持の側面を色濃く残している法律だ。

 同時にこの報告書では、予想を遙かに超えた大規模で長期に影響を及ぼす都市型災害だった阪神大震災の反省から、膨大な数の被災者の発生や、生活水準の向上への対応、要援護者に対する支援のあり方などの課題が明らかになったとした。この指摘に基づいて「大規模災害における応急救助の指針」が出され、救助メニューが充実された。この内容については、近代消防の9年2月臨時増刊号の「『毛布とおにぎり』から『間仕切り、風呂付き』へ」で、私が紹介したように、救助の質が大幅に改善できるようになった。

 さらに、厚労省の大規模災害救助研究会の報告書(13年)では、阪神大震災では仮設住宅の入居時により早く住環境の改善が必要だとして高齢者らの入居を優先した結果、特定の仮設住宅に高齢者が集中してコミュニティ内での相互支援ができなくなったというように、大規模災害時にはあちらを立てればこちらが立たずと言うような「価値対立」が発生すると指摘。平時からのマニュアルづくりやワークショップなどで住民が行政や専門家とともにコンセンサスづくりに努力することが不可欠とした。

 阪神大震災以前の市民レベルの地震防災訓練といえば、消火訓練と避難訓練だけだったが、この10年で防災マップ作りや図上訓練、高齢者宅の家具固定支援などに地域ぐるみで取り組む防災まちづくりの事例も増え、避難所を地域だけで開設・運営する訓練などもあたりまえになってきた。地域の防災力向上が、災害後の対応能力の向上だけでなく、徐々に減災にもつながってきている。

 人為的な武力攻撃や大規模テロが前提である国民保護法に基づく救援は、一定の科学的な根拠がある被害想定に基づいて事前対策や訓練などが可能な自然災害と異なり、具体的な事態を想定しての訓練などはかなり困難だろう。ただ、救援のメニューの大半は災害時と同じであり、住民を一方的な受援者と位置づけたような避難訓練だけでなく、住民自身も当事者として地域防災力や災害時の対応能力の向上を図るような実践的な訓練の実施が、国民保護の事態に対しても有効であろう。(中川和之 時事通信社 元厚生労働省・大規模災害救助研究会専門分科会委員)


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