阪神大震災から5年

「地方行政」2000年1月17日号(時事通信社刊)

時事通信社神戸総局 中川和之

震災後に強まった地域意識、活動につながらず
神戸市民と全国の比較調査

 阪神大震災をきっかけに、地域での結びつきや助け合いなどを大切に思うようになった人が全国的に増え、被災地はその意識が高いのにもかかわらず、実際の地域活動への参加意欲は全国と被災地で変わらないことが、時事通信社の全国調査と神戸市の市民調査の比較で分かり、市民意識が高いはずの被災地でも、それにあった地域活動が十分育っていないことが浮き彫りになった。
 これは、被災地の市民意識や行動がどう変わったかを全国と比較するため、昨年9月に神戸市が成人市民1万人(回収率55.9%)を対象にした郵送調査のうち「協働のまちづくり」と題した3つの同じ質問を、時事通信社が独自に昨年12月10日から4日間、全国の成年男女2000人(回収率67.9%)を対象に面接方式で調べた。震災をきっかけに変わりつつある市民意識に関して、これだけ大規模な比較調査は初めてで、結果は、神戸市調査の分析にあたった立木茂雄関西学院大教授(ソーシャルワーク)の協力をえてまとめた。

震災きっかけに「周辺で変化あった」は2割

 まず、最初に時事通信社独自の質問として、「阪神大震災をきっかけに、震災をきっかけにあなたの周辺地域でのさまざまな活動に何か変化があったか」との問に対し、もっとも多かったのが「特に変化はなかった」の75.6%で、「わからない、関心がない、その他」の4.1%の人を除いた2割強の人が、具体的な変化があったと回答した。
 内訳では「自分の行動に変化があった」が8.7%、「地域での活動に変化があった」が7.4%、「自治体の施策に変化があった」が5.1%、「ボランティア・NPOの活動に変化があった」が4.1%だった。
 この結果について、立木教授は「変化を実感している人が2割強というのは、決して少ない数字ではない。特に自分の行動に変化を感じている人が8.7%ともっとも高いことに注目する必要がある」と分析している。

被災地以外は行政依存の傾向

 以下は、神戸市の調査と同じ質問で、「地域活動の範囲」について、「どの範囲の地域で協力しあうことが大切か」と聞いた。数字は、全国調査(神戸市調査)とした。
 「災害時などの助け合い」については、身近なところから順に「となり近所」と答えた人が22.7%(31.4%)、「町内会」36.1%(35.9%)、「小学校区単位」7.1%(14.2%)、「市区町村単位」31.6%(11.1%)などだった。
 「子どもの非行防止」は、同様に11%(8.0%)、21.2%(17.3%)、46.6%(48.8%)、16.3%(14.4%)となり、「地域での高齢者の見守り」は22.1%(20.3%)、48.3%(50.4%)、3.5%(5.8%)、22.8%(17.6%)で、「地域での日常的な防犯・防災」では19.7%(20.5%)、56.7%(53.8%)、6.6%(10.8%)、15%(10.6%)となった。
 全体の傾向は似ているものの、神戸市と比べて、全国では災害時の助け合いで市区町村単位と回答した人が2割も多く、高齢者の見守り、日常的な防犯・防災の項目でも5%前後、多かった。いずれの項目でも大災害時などは行政が十分機能できず、地域での取り組みが重要という意識を神戸市民が持っていることの現れとみられ、立木教授は「被災地以外は、現実を知らないと言える。実際、東海地震が心配される東海地方と阪神地域の大学生の意識の比較調査で、東海地方の学生は『いざとなったら行政が助けてくれる』という意識が高い結果が出ているのと同じだ」と分析している。

神戸市民の意識変化は顕著

 地域での結びつきや助け合いなどに対する考え方の変化をとらえるため、「震災後、あなたの考え方や日ごろの行動の中で変わったことはあるか」として、12項目(複数選択)で調べた。この項目は、市民の「自律と連帯」意識を調べるため、立木教授が神戸市との事前打ち合わせで盛り込んだといい、質問は2項目ずつ対比させるような内容となっている。
 回答は、「隣近所などの他人との結びつきを大切に思うようになった」が40.6%(60.7%)、「どちらかと言えば、他人はあまりあてにできないと思うようになった」5.8%(11.9%)。「将来に対して備えを十分にすべきだと思うようになった」45%(59.3%)、「将来のことを考えるよりも今を楽しみたいと思うようになった」5.5%(19.4%)。「ものに対する執着心をあまり持たなくなった」7.4%(30.0%)、「お金やものに対するこだわりが強くなった」4%(14.5%)。
 また、「人のためにもっと役立ちたいと思うようになった」21.7%(30.5%)、「他人のことより自分のことを中心に考えるようになった」2.4%(5.3%)。「地域のみんなが困っていることは、みんなで考えて解決すべきだだと思うようになった」37.3%(53.2%)、「地域のみんなが困っていることがあっても、他人が解決してくれるだろうと思う」1%(1%)。「ときには自分の欲求がかなわなくても仕方がないと思うようになった」11.3%(25.4%)、「自分の欲求はどんなことをしてでもかなえたいと思うようになった」0.3%(1.9%)。「その他・分からない」が20.4%(3.6%)となった。
 どの項目を取っても、震災が神戸市民の気持ちを動かしており、「自律と連帯」意識を示す項目では、物に対する執着心で22.6ポイント、隣近所の結びつきが20.1ポイント、みんなで解決が15.9ポイント、将来への備えが14.3ポイント、人のために役立ちたいが8.8ポイントの差があった。一方で、お金やものに執着とした人も10.5ポイント多かった。
 立木教授は「全国より大幅に高いことは、神戸市の市民力を示しており、これは震災を期に生まれた新しい社会資本。全国でも、同様の傾向を示しており、これを大切にしていかねばならない」と指摘する。

参加意欲を生かすメニューを

 地域活動への参加意欲を、5つの分野について「積極的に参加」、「義務的参加」、「参加できる時間がない」、「参加するつもりがない」、「わからない」の5つの選択肢でたずねた。
 「祭りなどの伝統行事」は積極的、義務的を合わせて54.8%(33.5%)で、調査対象の2割となる全国13大都市部を平均した42.1%よりも神戸市が1割近く低かった。また、「スポーツ・旅行などの親睦行事」は同40.5%(29.4%)で、これは大都市平均の32.6%と、神戸市はほぼ同じだった。
 また、「高齢者への給食サービスなどの福祉活動」は同様に34.3%(33.4%)、「防災訓練などの防災活動」は同54%(54.1%)、「講演会などの研修」は同30.1%(31.4%)となった。
 伝統行事については、神戸市が江戸末期からの新興都市であることから差がでたとみられ、他の項目は全国と変わらない結果となった。
 立木教授は「この項目は、神戸市が作成した分類で調査されているが、震災がインパクトしていないということは、行政のメニューが貧困なことを示している。一言で言うと商品が悪いからだ。コミュニティー政策のマーケティングができていない。市民力が育っているのに、行政が提供する地域活動メニューに吸い込まれていない。市民の側からも組織化できるところまでいっていない。市民力という社会資本を投資する市場を整備する必要がある。 そのような仕組みを作らないと神戸市や神戸市民は歴史に責任を負えなくなる」と話している。(了)


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