災害救助、50年ぶり抜本見直し
−厚生省研究会報告書−


「地方行政」96年7月4日号(時事通信社刊)

時事通信社       
社会部 中川和之



 阪神大震災をきっかけに、大規模災害時の避難所や仮設住宅、被災者への食事提供など災害救助のあり方を検討してきた厚生省の研究会(座長・三浦文夫日本社会事業大学大学院特認教授)は、現行の災害救助の抜本的な見直しを求める報告書をまとめた。報告書は、行政に対しボランティアとの積極的な連携を求めると共に、住民にも三日間の自活の備えを求めるなど、災害時の自治体の行政能力に限界があることを前提に、行政と住民に意識改革を強く求める内容になっている。報告を受けた同省では、阪神大震災から二年となる来年一月をめどに、災害救助法施行以来五十年ぶりとなる運用基準の大幅な見直しを実施。避難所の設置期間を現行の七日から最長六カ月とし、仮設住宅の解体撤去費用の一部国負担などを盛り込んだ大規模災害基準の通達や、運用指針を作成。「地震や火山、台風などと共存せざるをえない日本の災害対策は、これまでハード面が中心だった。『災害文化』を定着させるために、この報告書の指摘に基づいて災害対策のソフト面が充実する施策を展開していきたい」(災害救助対策室)としている。

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【50年間手つかずの規定】


 災害時に、行政が被災者に対して応急的な救援・救助を行うことを定めた法律が災害救助法だ。昭和二十二年に施行された災害救助法は、伊勢湾台風の反省で、三十七年に災害対策基本法が作られた際、対策本部の設置などの条項が災対法に移管されただけで、内容は改訂されていない。大枠を定めた同法に基づいて、具体的な救援内容の基準を定めた通知も、物価上昇の反映以外は、ほぼ手が付けられていなかった。

 阪神大震災では、個人や企業などからの膨大な救援物資や、自衛隊や応援の自治体などからの支援、ボランティアによる医療なども行われ、被災者に対しての救援額は算定できないが、災害救助法に基づく予算措置は六、七年度分で計千八百四億円(詳細は別表参照)に上った。同省の研究会は、これら実施された救助・救援の反省に基づいて、昨年十一月から六カ月間、地元自治体や西宮ボランティアネットワーク(NVN)などからのヒヤリング、被災地の視察と現地での会合開催など、熱心な議論を重ねた。

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【行政の限界前提に住民の自助求める】


 報告書では、まず応急救助の観点から阪神大震災は、1被害が極めて大きく広域な「大規模災害」2人口が密集した「大都市型災害」3犠牲者の半数が六十歳以上の「高齢社会型災害」4現在でも仮設住宅居住者が多数残る「長期型災害」5応急救助だけでなく多くの課題が生じた「複合型災害」6生活水準の向上やボランティアが重要な役割を果たした「豊かな社会に置ける災害」−の六つの特徴を持つ災害と分析した。

 その上で、同法施行時に想定していなかった社会環境の変化や、大規模・長期化した災害に対応した応急救助、災害後の時間経過によるニーズの変化、一般政策と連携しての総合的対応、ボランティア活動と行政の連携の五つの視点で、今後の対応策を検討した。

 応急救助の実施体制を確保するために、行政組織や職員自身の被災を前提に、自発的な参集や移動手段の確保、広域的な応援体制の整備、災害担当職員への実戦的な研修を求めている。

 一方で、「行政による組織的な活動が行われるまでには一定の時間を要する」として、住民にも平常時から三日分程度の食糧や水を確保しておくなど「自分の身は自分で守る」という自助努力や、地域住民の相互協力による負傷者の救出や安否確認などの実施が望ましいとした。

 東海地震に備える静岡県では、地震対策のための県条例に、県民の義務として自助を求めているが、厚生省では各省庁の報告書などで住民の自助努力を明確に打ち出したのは例がないとしている。

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【避難所の生活環境は大幅改善を】


 報告書は、問題が大きかった避難所や仮設住宅、高齢者や障害者などの弱者対策、ボランティアと行政の連携、救援物資のあり方、被災者への情報提供などについて、具体的に改善事項を上げた。主な項目ごとに、報告書の指摘と、今後の厚生省の対応策を分析した。

 避難所については、大幅な充実を求めている。現行の災害救助法では最長七日の設置、一日一人当たり百三十円、消耗品以外の資器材の購入禁止など、小規模な水害で近所の人が公民館に避難する程度の規模しか想定しておらず、阪神大震災では大きく混乱した。

 これについて報告書は、避難所数を確保するために、学校や公共施設に加え、民間施設の利用を図るほか、地域コミュニティーの中核となる学校を避難所として確保するために教育委員会との事前協議を図っておくことを求めている。

 また、阪神大震災では、避難所の管理者が行政職員のほか、校長など施設管理者、地元自治会、ボランティアなどさまざまな形態で行われ、混乱が助長された反省に基づき、各避難所ごとに行政職員の管理責任者を置き、不可能な場合は施設管理者に委ねるとした。そのために、都道府県があらかじめ避難所運営マニュアルを作成することが必要とした。

 また、長期化を前提にした生活環境の充実のための設備などの配備を求めている。これらは被災当初には、自治体や同省内でも「あくまで緊急避難的な避難所の生活環境を改善すると、被災者の自立が遅れる」との議論もあったが、報告書は大規模災害時にはプライバシーの確保や冷暖房、入浴や洗濯などは不可欠と指摘した。

 避難所には、従来の毛布や衣類、仮設トイレなどに加え、阪神大震災で徐々に導入された1畳やカーペット2間仕切りパーテーション3更衣室4洗濯機、乾燥機5テレビ、ラジオ6簡易シャワー、仮設風呂7扇風機、網戸8ストーブ、暖房機9炊き出しのための簡易台所−などの設備や備品を配備。そのための衛生管理や電源容量の確保も求めた。

 阪神大震災では、高齢者や障害者などの災害弱者が、生活スペースの確保や物資の受け取りなどの面で、避難所内で他の被災者と共同生活が困難となり、傾いた自宅に帰ったり、廊下での生活を余儀なくされたことを反省。事前に社会福祉施設を「福祉避難所」と指定し、弱者がすみやかに福祉サービスが受けられるよう求めた。

 さらに、被災者への情報提供や連絡用のために、電話やファクス、パソコン通信などのあらゆる手段を活用して、不安な精神状態にある被災者を「情報飢餓」に陥れないような取り組みが必要としている。

 避難所の問題について、厚生省では長期化を前提に設置期間を現行の七日から六カ月まで延長し、間仕切りや冷暖房機器、仮設風呂など生活環境の整備、福祉避難所の設置などを大規模災害基準に盛り込むほか、管理責任者の配置や運営マニュアルの作成などを行う。

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【仮設は多様なタイプ、高齢者の集中回避】


 このため報告書は、民有地も含めて建設用地をあらかじめ確保するほか、周辺の医療機関や学校、商店、交通機関などにも総合的に配慮した設置を図る必要があるとした。

 また、当初は2Kタイプだけで、単身者は二人で一戸の入居を迫られたが、1Kや共同アパートのように風呂や台所が共用でヘルパー付きの単身の高齢者用の共同仮設も好評だった。このため、世帯構成や健康状態などに応じた多様なタイプの供給や、湯沸かし器やエアコン、高齢化を前提にしたバリアフリー構造、敷地内の配水や簡易舗装などを盛り込んだ標準的な仕様を求めた。

 さらに、劣悪な避難所から高齢者などを仮設住宅に移すため、弱者優先した抽選方式になった結果、初期に建設した質の悪い仮設住宅に、高齢者などの弱者がケアのないまま集中して放置されるという事態が発生したことを反省。今回は、混乱を恐れた自治体の抵抗で実現できなかった被災前のコミュニティー単位での入居や、高齢者などを一定割合に設定しておくという配慮が必要と指摘した。

 また、今回は一定規模以上の仮設団地に設置したコミュニティー施設の「ふれあいセンター」作りや、保健・医療・福祉サービスの提供などの入居者の生活支援、ミニ店舗の開設や路線バスの増発など利便性の確保も要求。「あくまで仮設であり、長期の居住を前提に改善すると、すんなりと退去してもらいにくい」という自治体側の本音の立場より、被災者最優先の思想を徹底している。

 一方で、設置費用で解体撤去や利用地の現状復帰まで負担しなければならない現在の基準について、何らかのルール作りを求めており、撤去費などの国の一部負担やむなしという方向を示唆した。

 同省も、これらの指摘に応じて、仮設住宅の仕様の改善や生活環境の整備のほか、多様なタイプの仮設、集会所の設置などコミュニティー作りの支援、保健・医療・福祉サービスの提供などの改善を行うほか、解体撤去費の国三分の一負担の方向で、大蔵省との調整を進める。

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【行政マヒ前提にボランティアと連携を】


 百四十万人を超えた阪神大震災のボランティア活動については、「行政の機能がマヒ状態になった被災時に、ボランティア活動は迅速かつ柔軟できめ細かな対応が可能で、被災者の心の拠り所ともなり、行政機能が回復しつつある段階でも、行政ではカバーできない多くの分野や個別ニーズへの対応で大きな役割を果たす」と、これまでの各種の報告書よりも、踏み込んだ表現で高く評価した。

 自治体は、その自主性を損なわないように配慮しつつ連携して支援するためのガイドラインを作成。既存団体だけでなく阪神大震災で活躍した企業や労組、生協、地震後に形成されたNVNなどの活動を評価し、日常的なネットワーク化の整備の必要性を指摘し、自治体が調整役を果たすことが期待されるとした。

 また、大規模災害時に応急救助業務に追われる行政が、ボランティア活動の調整を行うことは非現実的として、各種のボランティア団体などのボランティアコーディネーターが中心になって、受付やコーディネート、組織化などの業務を行うのが適当とし、自治体が地域防災計画などで安易にボランティアの調整を行おうとしている実態にクギを刺した。

 一方、ボランティアや広域応援の自治体職員の活動拠点確保を想定して、官庁の庁舎や福祉センター、スポーツセンター、図書館などの公共施設は、避難場所としては段階的に指定することも求めるなど、ボランティアの活動拠点や資材の提供、天災保証付きのボランティア保健の普及などに努めることも必要とした。

 同省は、ボランティア活動支援のためのガイドラインを作成し、拠点作りやネットワーク化などの方策をまとめるほか、コーディネーターの養成・研修などの充実を図る。

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【不要な救援物資はノー】


 一方、救援物資や義援金という、直接行動しないボランティアともいえる被災者支援策について、「大いに貢献した」と評価しながら、一方でいくら善意が前提とはいえ、阪神大震災の被災地で受け入れや仕分け、分配にかけたボランティアや行政の労力は膨大だったと指摘。古着など被災地で実質的に活用しようがないものは、救援物資として望ましくないと明確にし、送り手側の配慮を求めた。

 長野県西部地震や北海道南西沖地震など、これまでの災害でも、主に無料化される郵便小包(郵パック)による救援物資が、最後まで被災地の体育館などにあふれ、善意の処分に自治体が困惑する事態を重ねてきた。阪神大震災でも、今だに物資が残されているのが実態で、報告書は初めて善意の領域にまで踏み込んだ。

 そのために、被災直後は別として、地元業者が営業再開するなど時間が経過した段階では、救援物資は非効率でもあるとし、一般的には物資よりも金銭の支援が効果的と指摘した。

 今回の義援金は千七百六十億円に上ったが、配分手続きなどが被災者や送った側にも分かりにくくいとの指摘が相次いだ。そのために、義援金の配分基準の明確化や配分状況の公表、金銭を送る際から使途を明確化させた「ドナーズチョイス」の導入の検討、ボランティア活動への配分など、標準的なガイドラインを作成し、国民的なコンセンサスを得るよう求めている。

 被災後半年で、水六千四百五十トン、米三百五十五トン、毛布六十六万枚、紙おむつ一万六千四百箱など、大量に寄せられた救援物資については、生活支援に役だったとしながら、救援物資の送り手側に配慮が求められたとした。現場では、企業などからのまとまった救援物資が最も歓迎され、古着の中におにぎりや現金、医薬品などが混在したような個人からの物資は、現場での混乱を助長した面が大きかった。

 報告書では、1保存食や日用品など、品目別に区分しての発送をし、できれば一つの箱に入れるものは単品が望ましい2箱を開けなくても内容が分かる表示を3古着など送り手に不要なものは受け手も不要であり未使用品が望ましい4仕分け・配分はボランティアの活動が不可欠で、配送は業者の協力を5時間経過で変化する物資のニーズを把握し、種類や量などを明確にしての支援の呼びかけ−などの具体的な改善を求めた。

 同省は、郵政省などとも協議して、物資の配送や表示方法などの改善策をまとめた指針を作成。物資を配送するための配送基地やルートの確保、配分方法などをまとめる。

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【法改正には手を付けられず】


 災害救助法の目的は、明治三十二年制定の罹災救助基金法の大枠をそのまま引き継いでおり、「保護の徹底と社会の秩序の保全を図る」(昭和二十二年同省次官通知)とされ、「いわば災害時の治安維持法」(同省)なのが実態だ。法律で大枠を規定するだけで、具体的な手続きや基準はすべて通知で決定しており、できるだけ法律に書き込む現在の法体系のあり方とはそぐわない内容になっている。

 通知で定めた基準以外は、すべて「特例」として厚相の承認が必要で、想定されていない事態が次々と発生した阪神大震災では、すべて特例で運用したため、被災者への対応の遅れにつながった。それどころか、同法の趣旨を把握していない一部自治体の幹部が「すべて基準通りの実施を」と指示して、現場の要請を厚生省に働きかけず、混乱に輪をかけてしまったこともあったという。

 このため、今回の研究会でも、法改正の必要性も念頭において議論されたが、最終的には踏み込まずに終わった。この点について同省は、現行法は包括的な内容で災害の規模に応じた弾力的な運用が可能になっており、法改正しなくても報告書の提言の実現は可能とした。

 同法は、基本的に都道府県の下に市町村という古い法律形態になっている。このため、日常的には福祉の実務の権限が市町村に委ねられているのに、阪神大震災で同法の特例を求める際には都道府県で集約せざるをえず、何かとトラブルの元となった。特に、各種の権限が委ねられている政令市の神戸市と兵庫県の間の被災者不在の対立は、さまざまな場面に影響した。

 同省では「研究会で双方からもヒヤリングしたが、具体的な提言もなく、現状はやむを得ない」と課題が残されたことは認めた。実際に、大幅な改正を目指そうとする場合、幅広い法律だけに関係省庁の調整は容易ではなく、「被災直後の二、三カ月に勢いで手を付ければ可能だったかもしれないが、この段階では結果として逆に被災者に不利な点も出て来かねない恐れがある」と、担当者は災害から時間がたった段階での根本的に手を付けることの難しさも漏らしていた。

 確かに、災害は起きるたびに顔が違うと言われ、すべての災害を想定しての対策を法で予定するのが困難なのは事実だ。しかし、法に基づいて行われるのが行政施策である以上、「法律は金の出し方の記載しかなく、通知の基準が実質的には法律」(同省)という実態を打開するチャンスを失ったとも言える。

 同省は今後、災害救助に関する調査研究や自治体担当者の研修事業を積極的に行うとしており、これらの中で、今回の報告書に盛り込めなかった様々な課題に取り組むことも求められている。


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【別表】

阪神大震災の災害救助費
(災害救助法の予算対象、7年度まで)
避難所設置
         45億5100万円
兵庫県 216日間、延べ1480万人収容
大阪府 139日間、延べ9万9千人収容
1日一人当たり310円(現行130円)

応急仮設住宅設置
          1447億300万円
兵庫県 4万8300戸
大阪府  1381戸
1戸当たり286万円(現行約145万円)

炊き出しその他食品
          181億5500万円
兵庫県 216日間、約7300万食
大阪府 139日間、 約27万食
1日一人当たり1200円(現行860円)

被服・寝具その他生活必需品
           7億7500万円
兵庫県約5万8000世帯(平均1万3000円)
大阪府 約2600世帯(平均1万2000円)

医療(兵庫県内日赤実施分)
    5億1500万円

その他
    117億4400万円
(飲料水,応急修理,埋葬,学用品費等)


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