過剰報道を防いだ感染研の勉強会
災害情報学会ニュースレター第38号(2009/07) 特集:新型インフルエンザ

中川和之 時事通信「防災リスクマネジメントWeb」編集長

 まるで世界の終わりが来たような事態に陥るといわんばかりの、恐怖をあおるパンデミック映画やテレビ番組を信じていた人には、今回の新型インフルエンザ騒動には納得がいっていないだろう。「弱毒性って何だ?」、「だったらなぜ、空港であんなにおどろおどろしいかっこうをしたのか?」などなど。首相のテレビコマーシャルやニュース枠をジャックしたような早朝の大臣会見をしながら、ホームページに情報を上げないなどの情報伝達側の問題もありながら、個人的にはかなり平静を保った報道がなされたように思う。
 この新型インフルエンザ(A/H1N1)が何ものなのか、現時点でも良くは分かっていない。世界保健機関(WHO)が4月27日に「緊急事態」声明を出し、翌28日に警戒レベルをフェーズ4に引き上げた時は、もっと分かっていなかった。その時点では、メキシコでは多数の死者が伝えられており、アメリカではどんどん患者が増えていた。だが、マスコミは新聞で全面見出しのようなおどろおどろしい報道はしなかった。詳しく分かっていないのに、なぜ「○○の可能性がある」などと、高めの危険性を前提にした報道にならなかったのであろうか。
 確かに4月28日の段階で厚労相は専門家からのレクチャーを受けた上で記者会見で「弱毒性だと思う」といい、29日には国立感染症研の専門家がジュネーブでの会見で「弱毒性だ」と説明はしている。しかし、いくら大臣や専門家が説明したとしても、額面通り受け取るようでは記者ではない。どういう意図で発言しているかも考えねばならない。自然災害でもそうだが、科学的に正確に分かっていないことの伝え方は難しい。専門家の発言は時に最悪の想定を強調したり、逆に聞こえたりもする。そのためには、普段から互いにものの言い方のクセを知っておく必要がある。
 在京科学記者たちは、国立感染症研究所の研究者たちと続けてきた勉強会で、今回、メディアに登場してきたような専門家と根掘り葉掘りのやりとりを続けてきたことで、分からないことがたくさんある段階で、科学者の十分な根拠がない段階での見通しや考え方を信じることで、報道を組み立てていったように思う。
 それは、かつて廣井さんが主宰されていた「災害情報研究会」の目指したことを、感染症の世界で実践したと言える。残念ながら、それが東京の科学記者だけにとどまったことである。日本中が被災地となるこの問題については、各地の記者たちが当事者意識を持って、日ごろから勉強をしておくことが大切なのだが。


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