変動帯「日本列島」の驚異と向き合う
新たな観光資源にと各地で取り組み−世界ジオパークが今秋にも誕生
時事通信社「トップコンフィデンシャル」2009年2月3日号

中川和之 時事通信社「防災リスクマネジメントWeb」編集長

 世界遺産に次ぐ観光資源として、いま「ジオパーク」が注目を集めている。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が支援する国際的な枠組みで、保護が主目的の世界遺産と異なり、観光や教育などでの活用が重視されている。「世界地質遺産」としても紹介される世界ジオパークは、欧州や中国などを中心に十八カ国五十七地域にあり、これらはユネスコが支援する世界ジオパークネットワークの専門委員会によって認定されている。日本でも、「洞爺湖有珠山」(北海道)、「糸魚川」(新潟県)、「島原半島」(長崎県)の3地域が、世界ジオパークの認定を目指して申請中で、早ければ今年秋には第一号が認定される見込みだ。

 ジオパークは、「世界」レベルだけではない。北海道から九州、沖縄まで、変化に富んだ地形がある日本列島は、どこにでもジオパークにふさわしい地質遺産が見つかる。目的が「保全」、「普及」、「ジオツーリズムによる地域振興」の三本柱で、「地域の持続可能な開発」もうたわれていることから、国内各地の自治体が地域おこしにつながるとして次々に名乗りを上げだしている。
 今年二月二十日、東京・本郷の東大小柴ホールで開かれた日本ジオパークの記念式典では、北海道の「洞爺湖有珠山ジオパーク」、「アポイ岳ジオパーク」、長野県の「南アルプス(中央構造線エリア)ジオパーク」、「糸魚川ジオパーク」、京都・兵庫・鳥取の府県にまたがる「山陰海岸ジオパーク」、高知県の「室戸ジオパーク」、長崎県の「島原半島ジオパーク」の7地域に対し、「日本ジオパーク」としての認定証が、日本ジオパーク委員会(委員長・尾池和夫前京大総長)から渡された。これでこの七地域は、「ジオパーク」を銘打って観光キャンペーンなどを展開していくことになる。

 日本では、この地域以外にも、認定を目指して国内で十以上の地域が活動を進めている。政府として、ジオパーク向けの特別な予算はないものの、観光立国を目指して観光庁が誕生し、地域再生プログラムなどでの地域興し系の予算や、防災教育や啓発に関する予算などを活用し、厳しい財政事情の中で新たな地域活性化のメニューとしたいというのが狙いだ。
 地震や火山などで激しく変動を繰り返しているからこその自然の驚異が、日本列島には豊富にある。これまでのエコツーリズムは動植物が中心だが、大地の驚異とともに、災害に遭いながら大地の恵みを活用してきた日本の地域文化の奥深さも含めて、多くの人に楽しんで知ってもらうジオツーリズムが、本格的に始まろうとしている。

◇学会派遣の専門家で推薦委員会

 ジオパークは、地球や土地などの接頭語である「ジオ(geo)」に、公園の「パーク」を付け加えた造語である。一九七二年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づく「世界遺産」と同様の仕組みを目指して、一九九〇年代にユネスコに提案されたのが始まりだ。二〇〇〇年に欧州の推進団体「ヨーロッパジオパークネットワーク」が設立され、〇一年にユネスコの執行委員会で「地質学的に特別な地物を持つ地域や自然公園を推進する」ことが決議され、ユネスコが支援するNGO団体として「世界ジオパークネットワーク」(GGN)が〇四年に設立されて、「世界ジオパーク」の仕組みが誕生した。世界遺産に比べて新しい取り組みであり、主体をあえてユニセフとせず、GGNというNGOを主体にしたところも現代的であるといえよう。

 世界遺産の中にある自然遺産との違いは、保全を中心にする世界遺産と、保全と併せて知的観光などでの活用を目指しを目指しているところが大きな違いだ。地球が生み出したさまざまな地質遺産を教育に活用し、「大地に親しみ、大地の成り立ちを知り、人間と地球のこれからの関係を考える知的な観光であるジオツーリズム」(尾池委員長)を実践できる場所がジオパークなのである。
 欧州が、自治体やNPOなどで取り組みを積み重ねてきた地域が世界ジオパークとなっている。また、日本の国立公園に相当する国家地質公園という枠組みがあった中国では、世界遺産でもある「泰山」(写真)や「黄山」「石林」などが次々に世界ジオパークに認定され「世界地質公園」と表記している。地層としての古さや珍しさなどが、評価の対象になっている。

 日本のジオパークは、ユネスコの枠組みでは昨年五月にGGNへの推薦窓口となる学術委員会「日本ジオパーク委員会」が発足してスタート。当時は現職の京大総長で地震学が専門の尾池委員長の元、地質学会、地理学会、第四紀学会、火山学会、地震学会からの各委員などで構成され、GGNへの申請を受け付けて、国内から最大三カ所(初年度のみ)の推薦地を決めるという役割を担うことになった。世界遺産のような政府の枠組みではないため、事務局は研究機関の産業技術総合研究所地質調査総合センターが担うことになり、委員会には外務、文部、農水、経産、国交、環境、気象などの関係省庁がオブザーバー参加して、日本の窓口となっている。

◇四年に一回、再審査

 「世界ジオパーク」の認定は、世界ジオパークネットワークに加盟が認められるかどうかで判断される。各国ごとに、GGNに加盟申請を出すのにふさわしい地域を選び出し、その地域がGGNに申請書を提出する。GGNの「世界ジオパーク」の認定を受けたければ、国内に勝手に「ジオパーク」という言葉を使っていないことが条件になっている。実は、世界に先駆けて「ジオパーク」を設けたのは、日本の糸魚川地域だ。市の中心部を通る糸魚川-静岡構造線とフォッサマグナミュージアムなどを中心に、一九九一年にジオパークという名称を使っていた。昨年十月に、日本ジオパーク委員会が糸魚川を含む三地域を「世界ジオパーク」の候補地としてGGNに推薦すると決まった段階で「世界ジオパーク」候補地となり、ねじれ状態を解消した。

 認定のためにGGNが評価するのは、地域の地史や地質現象がよくわかる地質遺産を多数含むだけでなく、考古学や生態学、文化的な面からも価値がある場所を含む地域かどうかだ。地域指定が中心である日本の国立公園などの自然公園と違って、ジオパークには企画・運営組織が必要となる。公的機関や地域社会、民間団体、研究機関などが参画し、事務局内には科学的な知識を持つ専門家スタッフがいることも評価対象だ。
 また、地質遺産の保護は当然として、ジオツーリズムなどを通じて地域の持続可能な社会・経済発展を育成するとともに、中核となる博物館や自然観察路、ガイド付きツアーなどで、地球科学や環境問題に関する教育・普及活動を行うことなどが求められている。

 加盟申請は、申請書とともに四十項目の自己評価表に自らの取り組み状況を書き込んだ自己評価表を提出。GGNの委員会に所属する専門家が、書類をチェックした後、申請地の招待で現地を訪問し、半年から一年をかけて審査する。ジオという個別の地域性が高いものが対象であるため、国際的な統一評価基準より、地域特性で評価されているという。GGNとしては、世界ジオパークに認めるのは、一つの国から年に二カ所(初年度のみ三カ所)と制限しており、一度認めてもその後の改善などが図られていない場合は、四年後に取り消しもあり得るという仕組みになっている。
 日本ジオパークは、認定のハードルを低くしながら、改善の継続を求めており、二十日に渡された認定証にも「優れた活動の実践と維持継続および改善への取り組みを評価」として、同様に四年ごとの再チェックをしていくという。

◇7カ所の見どころ紹介

 日本列島が今の形に落ち着いたのは、三十数億年とされる地球の歴史の中で、ごく最近といえる数百万年前だ。数千万年前には激しい火山噴火を繰り返すユーラシア大陸の東端にあり、二千五百万年前から大陸の縁が開き始め、その間が日本海となってようやく日本列島の形ができてきた。安定大陸である欧州や中国などでは当たり前のようにある億年オーダーの地層はほとんど見られない。そのかわり、地球の生傷とも言える火山噴火や断層地形、年数ミリ上昇し続ける山岳地帯がある。日本ジオパークに認められた七地域は、変動する日本列島を象徴するところばかりだ。北から紹介しよう。(【】が世界ジオパーク候補地、〔〕が日本ジオパーク)

〔アポイ岳ジオパーク〕

北海道日高地方の様似町にあるアポイ岳は、標高810メートルのそう高くない山だが、通常は地下数十キロの深さにあるマントルを作っている「かんらん岩」という硬い岩石が、プレート同士の衝突によって地表に現れ、山がまるごとかんらん岩でできている。学術的にきわめて貴重で、毎年国内外の研究者が訪れており、学生たちも格安で泊まれる宿泊施設「研究支援宿泊施設・アポイ岳調査研究支援センター」もある。かんらん岩を採掘し、その硬さを生かして鋳物用の砂に加工している企業もある。かんらん岩特有の植生も見どころだ。

【洞爺湖有珠山ジオパーク】

二〇〇〇年、一九七七年、一九四三−四五年の昭和新山など数百年間に渡って次々に溶岩ドームの山を作る噴火を繰り返してきた有珠山と、約十万年前の大噴火で形成されたカルデラ湖である洞爺湖がみどころ。二〇〇八年の洞爺湖サミットで、世界にも知られるようになった。二〇〇〇年噴火では、噴火予知に成功して一万一千人が事前避難、火山弾で屋根が穴だらけになった鉄筋建物や泥流で流された鉄橋などの災害遺構がそのまま保存されており、マグマの上昇による地殻変動や、いまだに水蒸気を上げる火口を目の当たりにできる。

【糸魚川ジオパーク】

日本列島を東西に分断する大断層「糸魚川静岡構造線」の陸側の北端で、ナウマンが提唱した地下の大きなへこみ「フォッサマグナ」の縁にもなる。五億年前のヒスイや、三、四億年前の変成岩という太平洋プレートの沈み込み帯深部で形成された日本では最古の岩石から、約三千年前から活動を始めている新潟焼山までの様々な時代の多様な岩石・地層を、日本海から標高三千メートル級の北アルプスまでの各地で見ることができる。全国各地の縄文遺跡ではこの地から運ばれたヒスイも発見されており、断層と塩の道など、ジオと人に関わるテーマが豊富。

〔南アルプス(中央構造線エリア)ジオパーク〕

九州から関東まで日本列島を縦断する大断層、中央構造線の露頭が各地で見られる。断層に沿った直線上の谷の地形は見事(写真)で、古くから地元に地質ファンが多く、地元でさまざまな調査研究が行われ、住民が自宅の裏山を重機で掘り出した露頭もある。中央構造線の東側の南アルプスでは、日本列島がユーラシア大陸の縁にあった一億数千万年前から千数百万年前にかけて、海のプレートが沈み込む際に陸側のプレートにへぎ取られた海洋底の堆積層(付加体)の地層が、上下逆転するほど激しく変動している様子が山登りしながら観察できる。

〔山陰海岸ジオパーク〕

京都府の網野海岸から鳥取県の鳥取砂丘までの山陰海岸国立公園を中心に東西約百十キロのエリア。ここでは、大陸から日本列島が分離して日本海ができるころの二千五百万年前から千五百万年前にかけての火山活動に伴う岩石・地層が海岸に見られる。八十年前に、地球の地磁気が五十−百万年で逆転を繰り返すという地球科学史上貴重な発見が、国の天然記念物「玄武洞」の残留磁気を測って分かった。ゆったりと流れる円山川が繰り返してきた洪水や北丹後地震、北但馬地震などの災害と復興の物語も。砂丘や砂州と、岩石の荒々しい海岸の対照もみどころ。

〔室戸ジオパーク〕

四国東部で太平洋に突き出た室戸岬の海岸に沿って、千数百万年前〜五千万年前の付加体が見られ、地層の変形の様子が観察できる。地層の一枚一枚が、過去のプレート間地震の記録ともいえ、地層を引き裂いて走る液状化や海底乱泥流の痕跡が生々しく地層となって固まっている。室戸岬周辺の海岸段丘でも、過去の地震に伴って室戸岬が隆起してきた様子がわかる。千二百年前、空海が悟りを開いた場所は、岬の突端近くの海食台の洞くつ(写真)とされ、繰り返された南海地震で隆起し、海岸からやや高い場所となっている。次の南海地震に向けた防災教育にうってつけの場所。

【島原半島ジオパーク】

一九九〇年から九五年にかけて噴火した雲仙普賢岳では、溶岩ドームを頂きに載せて荒々しい姿を見せる平成新山(写真)や四十四人の死者を出した火砕流の痕跡、土石流で埋まった家屋など、生々しい災害遺構を見ることができる。一七九二年の噴火に伴う地震で発生した眉山の山体崩壊は、対岸の熊本県を津波が襲って計一万五千人が亡くなり、「島原大変肥後迷惑」と言われた。この痕跡も、島原市内や海に残された小山(流山地形)や、湧き出した豊富な地下水に残されている。別府−島原地溝帯による活断層地形も見事で、泉質の違う温泉も火山の恵みとして楽しめる。

◇災害列島とうまく付き合うために

 「有珠では『動くこと山のごとし』です」。二月二十日の記念式典で、洞爺湖有珠山ジオパークを紹介した三松正夫記念館の三松三朗館長は、ここ三百年間は数十年ごとに噴火し、溶岩ドームの山を作りだし続けてきた有珠山を、こう紹介した。日本のジオパークを楽しむことで、一見、形を変えないように見える大地が変動を重ねていまの様子になったことを実感できる。これは、大地の驚異を楽しむだけでなく、地震や火山、洪水などが繰り返されることによって、日本列島が作られていることが納得できる。
 二十日に来賓としてあいさつをした日本ツーリズム産業団体連合会の舩山龍二会長(JTB相談役)は、「火山や温泉は日本の最大にして大変貴重な資源。時には災害を引き起こすが、日ごろは人びとの生活や産業に大変な恵みをもたらす。日本の地質は、世界的に見ても大変ユニークで、これからあるべき観光の象徴として、日本ブランドの一つとして加えたい」と語る。これまで、ややもすれば対立をしてきた観光と防災が融合して、ジオパークを通じて新たな価値が生み出されようとしている。(了)


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