家庭でやるべきことは? 防災のプロ・中川和之さんに聞く
(まぐまぐ!親子ニュース2008/06/11 号 【特集】「小学校の地震対策」−学校の現状と親に出来ること元原稿)

まぐまぐ!親子ニュース 2008/06/11 号

中川和之 時事通信社防災リスクマネジメントWeb編集長

1:家庭ですべき地震対策

・まず、命を守るために、地震で潰れない家に住むこと。

 たとえ中国・四川省で起きた大地震と同じクラスの地震でも、日本の耐震基準に沿った設計の家を、地盤の良いところに立てれば、木造でも、鉄筋の家でも、家で命を失うことはありません。生活時間の中で、最も長い時間を過ごすのは自分の家です。家が壊れなければ、不便な避難所生活をすることもありません。地震でライフラインが止まるのは、避けられませんが、住み慣れた自宅でサバイバルができるようにしましょう。

 そのために、昭和56年以前に建てられた旧耐震基準の家に住む方は、必ず耐震診断を受けてください。地元の自治体に相談されると無料診断を実施しているところが多くなっています。

 崖のそばであったり、崖の上だったりして、崖崩れに直撃されるような場所でなくても、溜池を埋めた場所や元はたんぼなどの軟弱地盤、斜面にひな壇のように作られた住宅地であれば、盛土をしたり、谷を埋めたりしている可能性もあります。地盤改良が適切に行われているかのチェックも必要で、これも自治体に相談して下さい。

 耐震性が低い住宅の場合、バリアフリーのリフォームなどとあわせて耐震補強を実施するとか、見た目や多少の使い勝手の不便さを我慢すれば、100万円前後での補強工事ができるようになってきています。国の補助や税の減免が受けられ、自治体も制度を作っているところが増えてきています。自治体の制度がないと国の補助が受けられないものもありますので、制度がない自治体では、ぜひ作るよう議会などで要望しましょう。また、100%耐震基準に満たなくても、命を守れる補強に助成をする自治体も増えており、国も制度的に後押しをしています。補強が困難な家の場合、家の中に命が守れる箱型の寝室を組み立てるような工法が数十万円で可能になっています。
 この数年で耐震をとりまく環境は大きく改善しました。姉歯の物件より悪い住宅に住んでいる人は少なくありません。弱い家では、中国の地震は人ごとではありません。
 家が壊れると、避難経路もふさぎ、火事を拡大させますので、2次災害を拡大させる要因になります。耐震化は、住宅を持つ人の義務とも言えるでしょう。

・家具に殺されたり、ケガをさせられないようにすること。

 家が大丈夫でも、地震は家ごとゆすりますので、不安定なものを飛ばしたり、倒したりします。重い家具だから大丈夫だろうと思うかも知れませんが、もっと重い地盤を何十キロもの範囲で動かすエネルギーが地震ですので、ピアノやテレビが飛ぶのは当然です。

 どの方法がいいか分からないと言う人も多いと思いますが、東京消防庁による科学的な実験に基づく調査などによって、借家などで壁に直接ネジ止めできない家でも複数の方法を同時に行うことで、かなりの耐性があることがわかっています。詳しくは、東京消防庁のホームページを見て下さい。高齢者などへの福祉的な支援として、家具固定を行っている自治体なども増えてきています。固定を支援するNPO団体や自治会なども多数ありますので、身近なボランティア活動として取り組まれてはいかがでしょうか。

 特に、危険なのは高層マンションです。建物はしっかり設計されているはずですが、中の家具をどうするかは住み手に任されています。免震構造などになっていなければ、建物ごと横方向に1メートル以上揺すられる状態が1分以上続き、手すりなどがなければ、人間も転がり回ることになります。たとえクローゼットが作り付けであっても、テレビやオーディオ、テーブル、ピアノなどがそのままだと、それらがすべて滑ったり飛んできますので、柔らかい存在の人間はひとたまりもありません。長周期地震動によって、地上が震度5でも30階は震度6強の揺れになることは十分あり得ます。今世紀前半には確実に起こるとされている東海・東南海・南海地震では、近畿、中部、首都圏の高層建物は、地表より長時間、大きな揺れに襲われますので、家具止めは必須です。

・生き残ったら、救出と2次災害の防止を

 まず、ケガをしないように、家の中でも靴を履いたり、手袋を使うようにしましょう。家族の無事を確認したら、近所の無事を確認し、救助に人手が必要な場合はご近所に呼びかけ、エンジンカッターなどの資材が保管されている自治会もありますから、力を合わせて救い出します。
 ガスは自動的に止まりますが、仏壇のロウソクの火など火元がないわけではないので、初期消火にも全力を挙げましょう。自宅でも、ガスの元栓だけでなく、電気のブレーカーは一度落として、コンセント周りを点検してから入れ直しましょう。119番はつながれば、連絡しておきますが、すぐには来ませんので、地域の力をあわせて頑張りましょう。

 近所の安否を確認したら、ご近所の高齢者や妊婦さん、小さい子供やお母さんなどは、一時は避難所や公民館、公園など安心な場所に移動しましょう。しっかりしたマンションなどであれば、集会室などに集まってもらいましょう。

 ケガをした人は、待っていても救急車は来ないので、戸板や毛布などを担架にして近くの医療拠点に運びます。地域によっては、対応可能なお医者さんは拠点となる学校などに集結していますので、そこまでいくと治療を受けたり、病院への搬送などが可能になります。

・安否確認の方法は確実に

 地震はいつ起きるか分かりません。365日、24時間を考えると、家族が同じ場所で被災するわけではないとすると、大切なのは互いが無事かどうかの連絡が取り合えることです。先日、初めて示された帰宅困難者のシミュレーション結果によると、帰宅できない人が無理矢理帰ろうとすると満員電車並みの混雑が予想され、せっかく生き残ったのに群衆事故が起きて死傷者が出かねないことが分かりました。

 電話を使った災害伝言ダイヤル171や、携帯電話の災害時の安否確認用伝言板の使い方を家族で確認しておき、互いの安否を確認した後は、交通機関の復旧などを待って安全に帰宅することを考えておきましょう。

 日本中、どこであってもいつまでたっても救援の手が届かない場所はないと言ってもいいでしょう。みんなが無理矢理帰宅しようとすることで、救援の手もさしのべられにくくなりますし、2次災害の恐れも増大します。

 家庭だけでなく、職場の安全も保っておくことなど、それぞれが自分の力で生き延びられる備えをしていること。遠回りでも、可能な公共交通機関を使った帰宅ルートも考えておくことなども有効でしょう。互いの安否が分かったら、それぞれの状況で、最善を尽くすことが大切です。

・生活再建の初期は助け合いで

 今後の生活のために、冷蔵庫の扉が開いていたらすぐに閉めましょう。冷凍食品などを有効に使えば、2,3日の食材はあるはずです。救助などが一段落したら、近所で食材を持ち寄って、カセットコンロなどでみんなで炊き出しをしましょう。何かを食べると、気持ちが落ち着きます。

 最も問題になるのはトイレですが、渋滞対策のために車に積んである簡易トイレが最も使い勝手がよいでしょう。数日分は自宅で備蓄しておくと安心できます。お風呂の水を残しておけば、水洗トイレも使える可能性が高いでしょう。
 行政の支援を一方的に待つのではなく、ご近所でキャンプに行ったと考えて、みんなで不足するものを持ち寄って助け合って支え合いましょう。

2:親が学校と連携してできること

・学校を安全な場所にする

 家を安全な場所にしたとしても、学校が同じように安全でしょうか。まず、耐震性が十分かどうか、保護者が把握しておくことが重要です。小中学校の耐震化は全国平均で5割台。長年東海地震対策を進めてきた静岡県や、2年後に全校終えるという横浜市で9割近くです。姉歯のマンションより危ない学校に通わせていて、安心できますか? 予算の都合があるわけですが、国庫補助も充実しようとしていますし、安価な工法もできています。保護者が黙っていて行政に任していたのでは学校の耐震化が進むでしょうか。

 ある自治体では、地震の専門家が耐震化されていない小学校に「自分の子供を入学させられない」と主張し、耐震補強済みの学校への越境入学を勝ち取りました。教育委員会の担当者は、その専門家の主張に対し「ただしい訴えなので、ぜひ大きな声で主張して欲しい」と伝えたそうです。

 マンションの管理組合では、住民の不安の声に押されて、耐震診断をするところが増えています。PTAが学校側に耐震性能を把握するのは義務ではないでしょうか。一見、対立するように見えますが、校長先生ら先生方も自分の学校が安心であって欲しいと願っています。親が学校に対して、きちんとした要求をすることが、自分たちの子供が通う学校を安心にします。

 自分の子供が通う学校に特別な耐震性を要求したい気持ちはあるでしょうが、自分の子供を含めた次世代を作る貴重な命が失われないことが第一ですので、子どもたちの命を守る耐震化を100%にするために、自治体のPTAが連携して、全体水準を引き上げるために活動することも求められるでしょう。

 自宅の家具を固定したなら、PTAで学校内のロッカーや机などが安全に固定されているかどうかのチェックをしてはいかがでしょうか。低層の建物が多い学校では、長周期地震動による被害はそう心配しなくてもいいですが、机の下に隠れても、教室の中のテレビやパソコンに襲われては危険です。キャスター付きのラックなどは、壁にフックで固定するなどの工夫が必要です。

 学校内のLAN回線を、ボランティアで設置するネットデイと同じように、学校内の家具固定をPTAや地域で取り組むような活動が出来ると素敵ですね。

・避難拠点の運営に参画する

 学校は地域の避難所になることが一般的です。学校側は、施設の管理者として、自治体と地域の自治会・町内会による自主防災組織とともに避難所運営に関わりますが、学校と地域をつなぐのがPTAや保護者です。

 学校側は、早期に授業再開を図ることを考えますが、避難所として使う側の地域住民にとの間で利害が対立することが予想されます。そこで重要な役割を果たすのが保護者であり、その組織であるPTAです。練馬区では、避難所の運営組織に自治体、自治会・町内会、学校当局と横並びの立場でPTAが参画しており、普段から地域の問題を一緒に考えています。
 学校が避難所になった際、PTAの中にも避難所の利用者がいるでしょうが、学校の早期再開を願う学校の立場と同じ思いの方が多いでしょう。ただ、我が子のクラスメートの中にいる避難所利用者を無理矢理追い出して、学校が再開されるのも、保護者としても、教育上も好ましいことではありません。

 保護者・PTAが、普段からそのようなときにどういう解決手段があるのかを、地域や学校、自治体と一緒に考えておくことが大切でしょう。どちらかといえば、年長者が多い自治会・町内会の幹部たちと、子育て世代のPTAが、地域の問題解決に一緒に取り組むことは、普段の地域力を強くしますし、活力のある豊かな地域をつくることにもなります。

・学校で行う防災教育を充実させる

 「おはしも」(おさない、はしらない、しゃべらない、もどらない)という言葉に代表される、学校の建物から避難して、子どもたちを保護者に引き渡したら終わりという避難訓練しかやっていない学校が大半ななかで、地域のリスクをきちんと認識し、こどもたちなりに自分たちで問題解決を図ることができる「生きる力」をつけていくための「防災教育」は、まだ緒に就いたばかりです。

 小学校の中学年以上になれば、避難所となった学校などで、自分たちでできるボランティア活動に取り組んだケースは、阪神大震災以降、新潟県中越沖地震までをみても、ごく当たり前になってきました。子どもたちが率先して取り組むことで、元気がなかった大人たちや高齢者も、自分たちでできることに取り組むきっかけを得ることができます。

 保護者の中には、例示したような地震の専門家や建築の専門家、研究者、行政マンなど、防災に関わる人もいることがあります。暮らしを営むためには、何らかのプロとして生計を立てているわけですから、そのプロの視点から、防災に関わることで、子どもたちに伝えられることはあるはずです。保護者の仕事が、災害時にどのような役割を果たすのかを、それぞれの立場から伝えるだけで、子どもたちのよい防災教育にも、キャリア教育にもなります。
 地域にも、消防団員など地域の安全に日ごろから取り組んでいる人だけでなく、さまざまなリソースがあります。また、目を少し広げれば、地元の大学などには専門家が必ずいて、地域との連携の機会を望んでいます。

 学校を含めた地域をより暮らしやすい場所にするために、学校や教育委員会だけに任せるのではなく、保護者もそれぞれの専門性を活かし、防災教育の担い手やつなぎ手として活動することが求められます。


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