連載・「防災施策と情報提供 災害の影響を少しでも軽減するためにどうすればよいか」(12)

普段からできることを考える−広報が他の部署と連携して災害時に行政組織がどのような働きをするのか知っておく

月刊『広報』(日本広報協会、2008年3月号)

 中川和之 時事通信社編集委員

 一年間、防災と情報について連載をしてきました。雲仙普賢岳噴火や阪神大震災、2000年有珠山噴火、新潟県中越地震、能登半島地震、新潟県中越沖地震など、さまざまな災害時を例に考えてきました。最後は、住民に情報を伝えるという視点から、日常からできることを考えてみます。

◇どんなことが起こるのか、イメージできるように伝えることが大切

 災害対策は、まずどんなことが起こるかを知ることから始まります。それぞれの地域で、どんな自然現象が起きるのか、それによってどんな被害がもたらされるのかの被害想定です。それは行政がどのような対策を展開するかの地域防災計画立案に不可欠なだけでなく、住民一人一人や地域での備えを進めるために重要な情報です。最近では、被害の広がりなどが直感的に分かりやすいハザードマップなどの型式で伝えるようになってきました。

 これらの情報は、かつては住民に不安を与えるなどとして、行政の計画作りのための内部情報扱いをされていた時期もありました。自然現象や被害の想定も、通り一遍のものが少なくはありませんでした。例えば地震の被害は、1923年の関東地震で震源から何十キロも離れた東京都心の数字を根拠にしていましたし、都市化の影響なども考えていませんでした。連載で紹介したように、1990年代に入った雲仙・普賢岳の災害でも、何が起こりえるかを適切に知らせることが出来ていませんでした。大都市神戸でも行政機能を失った阪神大震災をきっかけに、地元で起こりうるハザードの情報を住民と共有しておくことの大切さが再認識されたわけです。

 これらの情報は、自治体では防災部局が作成して、報道発表や公開をするのが一般的です。広報担当として、防災部局の発表に立ち会い、ホームページにアップしてしまえば終わりではありません。住民の気持ちに立って分かりやすく伝えられる工夫がされているか、単に行政資料が公開されているのに過ぎないのかのチェックは、広報の重要な仕事のはずです。せっかく詳細にできあがったハザードマップのサイズを縮小してホームページにあげていたり、資料へのリンクがすぐにたどりつけないようなケースも少なくありません。静岡県や横浜市などでは、地理情報システム(GIS)を使って自宅サイズまで分かる詳細なマップをインターネット上で公開していますが、直感的に使えるグーグルアースのような使い勝手はなく、せっかくの宝も持ち腐れ状態だったりします。「情報が公開されていればよい」のではなく、住民の視点に立って確認することが必要です。

◇広報の視点で災害対策を検討した中野区

 東京都中野区では町内会長や民生委員、学識者、マスコミ関係者が加わった広報品質評価委員会で、2005年度に災害時の広報活動について検討を行い、私も委員として参加しました。行政の広報という視点で災害対策を検討するという場は、他に聞いたことはありません。ここでは水害と大規模地震を想定し、(1)日頃の広報活動、(2)災害発生直後の広報活動、(3)災害発生後の広報活動の3つの視点で議論をしました。詳しい資料や議事概要などは、中野区のホームページに記録が残されているので、ご覧いただくとして、概要だけ紹介します。

 例えば平時の広報活動は「区民の災害への備えを促す」ことを目標とし、区民に期待される行動として「近隣との協力・連携を図っておく」、「居住地域の地理・地形を理解し、地域特性を把握しておく」、「建物の耐震化を図るとともに、家具の転倒防止策を行っておく」、「避難所の所在地を確認しておく」などを上げ、区報やホームページ、印刷物、地元のCATVなどのメディアを通じて行っている広報活動が説明されました。
 課題として「地域の地形や地理的条件を理解している住民と、そうでない住民との情報ギャップがある」、「大地震発生後に、区民の相互協力を訴える内容に具体性がない」など17項目が指摘され、これに対して「地域の自然や地形を知らせ、理解してもらえるような広報を日常的に行う」、「出水場所、川の氾濫地域を平時から区報やホームページで知らせる」、「地域で行っているユニークな訓練の様子を紹介する広報を行って意識を高めるようにする」など54項目の解決策が提言されています。災害発生後に大量の印刷が困難な場合でも「区内の15地域本部にある印刷機能を活用して広報紙を印刷したらどうか」という指摘や、「災害広報には、見た人が元気や勇気を出せるよう、避難所で頑張っている人の姿や声、ボランティアの声を伝える欄を設けたらどうか」などという提案もありました。
 一つ一つは、当たり前のことも少なくなかったのですが、列挙してみるとやれそうなことは沢山ありました。ホームページで提供している情報の利用方法が知られていないなどという議論までは出来なかったのですが、情報は出したら終わりということでないのは、広報の担当者なら分かっていることのはずです。なかなか、自分の自治体でこのような検証をする場がないかもしれませんが、中野区の検討結果を利用し、防災部局などの情報発信が適切かどうか、確認しておく必要があるでしょう。

参考資料:東京都中野区広報品質評価委員会

◇災害時の広報紙作成の演習がスタート

 昨年7月号の月刊「広報」で取り上げた、災害時の自治体広報紙の作り方について、財団法人消防科学総合センターが、市町村防災研修事業の中の「市町村防災力強化出前研修」の一環として、今年度から「災害時広報紙作成演習」を始めました。この演習を企画したのは、以前も紹介した同センターの黒田洋司主任研究員で、愛知県大府市などで実施されています。黒田さんからいただいた研修資料で、演習内容を紹介します。

 演習は、まる一日で行われ、地震を想定した災害時広報紙の第1号を作成するワークショップと、できあがった広報紙についての講評を行い、最後に災害時の広報紙作成マニュアルを作るという流れで行われています。
 最初のオリエンテーションで、阪神大震災や新潟県中越地震の事例などに基づいて、災害時の迅速な広報紙の発行の意義を確認します。広報紙の効果として、「本部会議資料等に活用することで、庁内各課及び関係機関間の情報共有手段となる」などと、練馬区と新潟県川口町の事例を取り上げた月刊「広報」の内容も紹介されています。

 演習では、参加者を広報紙作成班とそれ以外の2チームに分け、震度6強の地震が発生した24時間以内に広報紙の作成に取り組みます。作成班は、まず第1号にどのような記事を掲載するかレイアウトも含めて検討します。それ以外の人は関係機関・部署などが地震発生後12時間後をイメージして、把握できている被害状況と実施できている災害対応などについて想像して状況予測票を作成。
 次に、広報紙作成班が、それ以外の人たちが作った関係機関・部署に取材します。予測していない内容を取材された場合は「不明」という回答を義務づけるなど、広報紙を作成する側だけでなく、広報紙作成にどのような情報整理が不可欠なのか、考えられる内容になっています。

 その上で、「広報紙に載せたかったのに、各班・関係機関から情報を得られなかった事項」、「広報紙に載せて欲しかったのに取材がなかった事項」などについて互いに指摘し合います。それによって、災害時には情報は取りに行かないと手に入らないことや、広報サイドと関係機関は相互依存関係にあることなどを気付いた上で、実際に広報紙に何を載せればいいのか、それらの情報はどこから得られるか、広報紙を作成するための資機材をどう確保するかなどをワークシートに書き込み、第1号の予定原稿も完成させます。できあがったものが広報紙マニュアルになるという流れになっています。

 災害時の広報演習では、これまでも消防科学総合センターと人と防災未来センターが、記者会見演習を行っています。しかし、会見を実施する前段階で何を広報できるのか、その資料はどう作成できるのかを訓練しないまま記者会見だけやっても、ほとんど意味もありません。広報紙の作成演習は、その第一歩です。災害時に行政が対応すべき事象は、地域防災計画にもあるように、ある程度決まっています。特に第1号は、初動対応で決められたことがどこまで出来たのかを確認すれば、それが内容になります。発災時に、確認すればいい部分を空白にしておけば、第1号の予定原稿が完成するでしょう。

 黒田さんのワークショップでも、第1号だけでなく、時間経過に応じてどのような情報を住民に提供していくことになるかを考えて発展させていく必要性を指摘しています。内閣府の懇談会で東京都や練馬区の広報事項をまとめたものは参考になるでしょう。
 広報紙の読者は住民です。これらの予定原稿は、災害時にどのような行政対応が行われるのかを、平時から住民がイメージするのにも役立つはずで、平時の広報・啓発資料にもなりえます。逆に言えば、時系列に沿った災害時の対応シナリオを、ホームページなどで普段から情報提供しておけば、それがそのまま予定原稿の材料になり得るのです。

 広報をするということは、伝えると言うことです。伝えるためには知らねばなりません。それは、地震のメカニズムなどを知っておくということではありません。災害時に、行政組織がどのような働きをするのかを知っておくことが大切なのです。ここ数年、防災と福祉、防災と建築部局の連携など、自治体の災害対策が高度化され、かなり実践的な内容になってきたことを実感しています。もちろん、進んでいる自治体とそうでない自治体の差は少なくないですが、広報の立場からは、どのレベルにあるのかはなかなか見えないと思います。災害時の広報を考えるには、まず己を知ることから始めましょう。もし、防災部局などの対策が進んでいなければ、いざというときに広報の立場として困難な状況に陥るということを伝え、連携して改善を図っていく。そんなこともできるはずです。(了)


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