連載・「防災施策と情報提供 災害の影響を少しでも軽減するためにどうすればよいか」(5)

情報面の改善見られた台風4号と原発事故のリスクに心配が残った中越沖地震 3年前の中越地震の経験を生かした柏崎市 災害対策本部会議の全面公開やウェブの災害対応

月刊『広報』(日本広報協会、2007年8月号)

 中川和之 時事通信社編集委員

 本当はここで紹介する材料は、過去のものだけだったほうが世の中にとっては良いのですが、残念ながら自然は待ってくれません。第1回目の原稿を書いている途中で能登半島沖地震が発生して書き直すことになりましたが、今回は内閣府の「大規模災害発生時における情報提供のあり方に関する懇談会」報告書を紹介をしようと準備していたら、台風4号の上陸に続いて新潟県中越沖地震が発生してしまいました。2つの災害とも、情報の面で考えさせられることが少なからずありましたので、紹介することにします。東京電力の柏崎刈羽原子力発電所のトラブルも教訓が得られそうですが、まだ現在進行中のため別の機会にします。

◇気象庁の台風レクより先に動いた首相官邸

 連載1回目で、災害時の政府の動きが素早くなっていることは紹介しましたが、台風4号でも中越沖地震でも、「ついにここまで来たか」と感じました。かつて森内閣が、実習船「えひめ丸」と米潜水艦の事故が起きた際、ゴルフを中断せずに危機管理対応を批判され退陣を余儀なくされたこともあり、小泉内閣や、引き継いだ安倍内閣も危機管理には熱心ですが、今回はさらに参院選挙中ということも輪をかけた形になっているのは、多くの防災関係者が認めるところでしょう。「災害対応をどこまでインフレさせるのか」という声すら聞こえますが、部分的なパフォーマンスを除けば、今後も継続されるのが望ましいことは少なくありません。

 台風が日本列島に接近してくると、気象庁では主任予報官らが記者レクを行います。進路や予想される暴風や雨量などの数字は気象情報で発表していますが、防災上のポイントなどを解説するのが目的で、接近する台風が雨台風なのか、風の影響が怖いのか、高潮はどの程度危険なのかなどを説明し、その内容がマスコミ報道を通じて伝えられます。通り一遍の情報では、台風の最中に屋根の修理をして飛ばされたり、河川に近づいて犠牲になるケースが後を絶たないため、「今度の台風は風台風で外を出歩くのは危険」などとポイントを明確にして伝えるために行うようになってきました。

 一昨年の台風14号の際には、気象庁が上陸2日前の午前中に記者レクをし、午後に首相官邸で関係省庁局長級の緊急参集チームが招集されています。今回の台風4号は、事前に梅雨前線による大雨があったこともあり、気象庁が記者レクをする前に緊急参集チームを招集。その日のうちに関係省庁連絡会議も開かれ、「早期の避難対策に万全を期す」などという総理指示が示されています。気象庁でも記者レクを検討していたのですが、結果的には官邸の動きが素早かったという結果になりました。たまたま、人事異動のあいさつで官邸の危機管理室を訪れた気象庁幹部らが、接近する台風がかなりの警戒を要する規模だと解説していたことも奏功したのではとも聞きました。  国のトップが「充分な警戒態勢を取れ」というメッセージを発する意味は小さくありません。台風4号についての官邸の動きは、けっして生臭いパフォーマンスだったとは思っていません。

◇情報は欲しいところが取りにいく

 一方で、気象庁や国交省の地方整備局でも、もう一歩踏み込んだ取り組みがありました。かつて気象庁は、地方気象台の担当者は都道府県の担当者と年に1度、ヘタをすると異動のあいさつぐらいしかしていなかったのが実態でした。気象業務法の改正で民間気象会社が増える中で、気象庁の役割は防災のウエートが非常に高くなってきています。県レベルではなく、市町村の防災をお手伝いすることが本来業務だという認識が徐々に浸透してきています。今回の台風4号では、これまで県や市町村の担当者に対して地方気象台で行っていた台風レクを、今回は県庁に出かけていって県の関係部局の人も集まってもらい、直接解説したそうです。市町村を特定して出される土砂災害警戒情報や、要援護者にとっての避難勧告にあたる避難準備情報もかなり出されています。

 九州地方整備局は、台風直前の集中豪雨で大きな被害を受けて孤立集落が出た熊本県美里町の災対本部に、直後から連絡要員(リエゾン)が入って対策にあたった経験から、台風の際は上陸の前日から熊本県や大分県、宮崎県、鹿児島県にリエゾンを派遣して連絡調整にあたりました。国交省としての役割が分かった人間が、県の災対本部にいることで、より適切な情報が局の本部に届き、スムーズな判断と対応につながったそうです。災害時の情報は「上げてこい」では来ません。必要な情報は担当セクションから欲しい情報を取りに行くことが重要なのです。国交省や多くの自治体では、河川の情報は「はん濫注意水位」、「避難判断水位」、「はん濫危険水位」と対応行動が分かりやすい言葉で提供できてきたのも今回の特徴でしょう。

 また、大雨や台風は、ホームページでの情報提供が効果的です。接近に伴って、台風関連情報を扱う自治体が徐々に北上。避難所の開設や、避難準備情報の発令、その地方の大潮と高潮の関係など、地域に密着した警戒情報を掲載するところが多く見られました。数字の羅列に終わっているところ、具体的な行動指針まで示しているところなど、レベルはさまざまですが、リアルタイムが当たり前になってはいます。ホームページで残念だったのが、国交省の川の防災情報のページです。豊富にデータがあるだけ、アクセスが集中して肝心の時に閲覧ができませんでした。一方、気象庁のサイトは災害時には1日数千万ビューのアクセスがあるそうですが、それほどストレスを感じずに見ることができました。
 台風4号は7月としては最強の勢力で上陸したのですが、幸い大きな被害が出ずに済みました。進路が少し太平洋側だったことも幸いしたはずですが、これらの情報対策が奏功した面もあったのではないかと考えています。

◇放射性物質漏えい発覚前に安倍首相が原発視察

 台風4号がまだ日本列島の東海上にある16日午前、新潟県中越沖地震が発生しました。局長級の緊急参集チームが官邸に集まって情報共有をして総理指示を受け、官房長官が会見。発生から2時間余りで溝手顕正防災担当大臣を団長とする現地調査団が派遣されました。気象庁は津波注意報を1分後に出しただけでなく、観測データを確認しながら1時間余で解除したのも、情報に対する積極的な取り組みの成果です。能登半島地震と同様、初っ端の現地調査団から数人が柏崎市役所に残って、政府の現地対策連絡室を開設したのも、情報は現地に取りにいくという原則通りの対応でしょう。

 一方で、これだけは選挙向けのパフォーマンスが過ぎたのではないかと思うのが、安倍首相の初日の現地入りです。自民党内からも「トップは官邸で指揮を執るべき」という批判の声が出たほどです。しかも防災担当相、経産相とそろって柏崎刈羽原発を視察した段階では、放射性物質の漏えいは発覚していませんでした。微量だったため何の問題もありませんでしたが、危機管理のトップとナンバー2が同じ行動を取る危険性は言わずもがなでしょう。

◇現地のコミュニティFMはインターネットでも聞ける

 地震発生3日目に現地の自治体などを訪問したのですが、柏崎市では災害対策本部会議を全面公開するなど、積極的な報道対応を展開。会議資料も沢山コピーしてメディアとも共有を図っていました。庁舎4階の災対本部前の廊下には、初動から時間を追った対応が、その場で模造紙に書いたまま貼りだしてありました。市のホームページも通常バージョンから災害対応だけに絞った編集に切り替えるなど、3年前の中越地震の経験が活かされていると感じました。
 また、FMピッカラという地元のコミュニティFMが、インターネット経由でも放送を流しており、市の防災行政無線もそのまま転送されてどこでも聞くことができます。理由の詳細は聞けなかったのですが、広報紙の発行延期がこの日に伝えられていました。これは、住民に向けたせっかくのメディアを活用できないのは残念だと感じました。

 住民が家屋内の片付けを進めたり、ボランティアが手伝ったりする際にも重要になる余震の情報や、天候の見通しを市町村に伝えるため、現地対策連絡室に気象庁が人を派遣したり、膨大な処理が予想される災害ゴミの処理のために環境省が担当職員を派遣したのも、現地で情報を取って問題解決の支援をするという適切な方針があるからでしょう。2次災害防止のための応急危険度判定の用紙に、被害程度を把握する罹災証明用の調査は別であるというメッセージが付加されていたのも、丁寧な情報提供のあり方だと感じました。(了)


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