連載・「防災施策と情報提供 災害の影響を少しでも軽減するためにどうすればよいか」(2)

住民に伝えるのはだれの役割か 被災者に今後の見通しを提供することが生活再建のカギ

月刊『広報』(日本広報協会、2007年5月号)

 中川和之 時事通信社編集委員

 能登半島地震の被災自治体を、3月29日と30日に訪れてきました。輪島市役所に設置された政府の連絡対策室に入った関係者からは、目の前の避難所対応などに追われる被災市町が、被災者の生活再建や経済・地域復興へと続く課題まで頭が回らない状態で、「いっぱいいっぱいの様子を見ると、提案したいことも口に出しにくい雰囲気」と聞いていました。このため、被災の概況を取材するだけでなく、災害救助法が適用された自治体に「防災リスクマネジメントWeb」(防災Web)のIDを提供するなどして、情報ギャップを埋めるなどして、少しでも支援できればと考えました。

 29日には、石川県庁と志賀町役場、志賀町富来支所、輪島市門前支所、輪島市役所を訪問しました。現地入りする際には、手前味噌の防災WebのIDだけでなく、厚生労働省が3年前に都道府県の担当者に配布した「災害救助事務取扱要領」もコピーして持ち込みました。全部で百ページ近い資料ですが、避難所運営段階から生活再建を見据えられるような、これまでの災害対応のノウハウが詰まった手引きです。志賀町役場では担当者に、輪島市役所では県市合同会議の後に梶文秋市長に直接、コピーを渡しました。

◇制度を知らないと住民に情報提供もできない

 災害時に市町村が行う避難所や炊き出し・食事供与、仮設住宅、住宅の応急修理などの経費を、国と県で負担するというのが災害救助法のミソなのですが、たいていの自治体では運用したことがありません。法制度を頭から読むと、例えば避難所は1週間で閉めて炊き出しも終えねばならないなど、能登半島地震規模の災害でも不可能なことが書いてあります。これを、どう理解していいか分からないと災害対策ができず、住民に混乱を招きます。通常の法制度ではハードルが高い「特別基準」が当たり前なのが災害救助法で、さまざまな災害に臨機応変で対応できる大変使い勝手のいい制度なのですが、知らないと大混乱します。
 厚生労働省は、旅館やホテルを避難所に活用できることや、小規模仮設住宅での集会施設設置が可能であることなど、県を通じて次々に通知していたのですが、その意味が現場には届いていませんでした。
 家を失った人などが生活を建て直す手がかりになる生活再建支援法についても、手続きを進めるよう28日と29日の県市合同会議で内閣府の出席者がアドバイスしたのですが、まだ進んでいませんでした。全壊戸数などが要件になっている災救法も支援法も、実は厳密な被害査定までしなくてもいいのですが、それも知られておらず、合同会議終了後に私も一緒になって、石川県や輪島市、穴水町の幹部らに災害救助法や生活再建支援法をレクチャーしたほどです。

 30日には、珠洲市、能登町、穴水町、七尾市を回りました。災害救助法の事務取扱要領に加えて、内閣府の「大規模災害発生時における情報提供のあり方に関する懇談会」で資料作成された災害発生時の情報提供項目を時系列で整理した資料もコピーして渡しました。首都直下地震を想定して、2カ月程度先までの間に各省庁が行う情報提供を表にしたもので、時間が経過するとどういう対応が必要になるかがイメージしやすいと考えたのですが、いずれもありがたい資料と歓迎されました。

 災害救助法の運用は、阪神大震災の後に大幅に見直されており、生活再建支援法もまだできて数年の新しい制度です。普段使わない上に、新しい制度ですから、災害対策の担当者が選挙事務も兼ねているような小規模自治体では詳細に理解しているのは困難かも知れません。しかし、現状を放置していれば災害時に対応策を考えることもできませんし、住民への情報提供も後手に回ってしまうのです。
 被災自治体は、情報を住民に対して発信しなければなりませんが、そのためには適切な情報を受信できてなければならないのです。国や県は、被災自治体で何が対応できていないかの情報をキャッチすることも大事になります。

◇対策本部の公開で情報共有が可能に

 私が、この県市の合同会議のもようを知っているのは、石川県が災害対策の会議を公開していたからです。地元の記者によると、県がこの種の会議を公開するのは、北朝鮮のミサイル発射情報によって開催した会議などのころからも通例で、今回も県庁での会議で知事が部局長に対して「もっと柔軟な対応をしろ」などと厳しく指摘する場面まで公開されていたそうです。28日から輪島市役所で開かれていた県市合同会議も同様に公開していたため、私もその場に入って話を聞くことができました。
 穴水町も、数日後に会合に参加しました。4月24日の最後の合同会議、石川宣雄穴水町長は「会議の参加で情報不足が解消され、国や県職員から直接指導を受けられて、大変スムーズにできた。住民に特別な不安を与えることなく、納得してもらえることができた」と感謝の言葉を述べています。また、途中からボランティアセンターのスタッフも参加し、情報の共有を図っていました。

 この会議の映像は、通信衛星を使って東京・霞が関の官庁にも伝えられ、内閣府のモニターも公開されていたため、東京に戻った後も、毎回、現地の様子を見ることができ、その場でやりとりを聞き取って、詳報にして配信しました。防災Webの読者以外でも見ることができるようにしたため、多くの防災関係者に災害対策の推移を伝えることができたと思います。
 災対本部の会議が公開されることで、何かを隠しているのではとあら探しをしがちなマスコミに余計な詮索をさせないというメリットもあったでしょう。今回、地元紙ですら、地震の特集記事が少なかったのは残念でしたが、揚げ足を取るような報道に出くわさなかったのは、この公開の成果といえるのではないでしょうか。ただ、会議は公開されているものの、その場で出された資料などが、ホームページで公開されていなかったのは残念でした。

◇家の中で片付けをして大丈夫?

 ほかにも、情報をめぐる課題が明らかになりました。余震などで2次災害に遭わないように、講習を受けた建築士たちが、応急危険度判定を行って、立ち入ると危険な建物に赤い用紙で「危険」、注意が必要な建物には黄色の用紙で「要注意」と書いた紙を張っていきます。阪神大震災の時に初めて部分的に行われ、全国で制度化が進んだので、今回は30日までに石川県内で7600棟の建物をチェックし終えて、2次災害防止に役立てました。また、官民のさまざまな支援措置を受けるうえでの根拠となる罹災証明も、中越の自治体と大学の共同チームの支援を受けて被災自治体で共通の方式を導入でき、危険度判定とは別の用紙を貼り付けていったため、目的が違う双方の判定が混同されにくくなりました。

 ここまで、災害対策の情報が整理された結果、残された課題が明確になりました。それは、赤や黄色の紙が貼られた建物に入って家財道具などを片付けを行って大丈夫かどうかのタイミングが、この二つの情報だけでは分からないことでした。家の片付けなどを安心してできる段階を見極められる情報はありません。気象庁は7日目に出した余震情報で、大きな余震の恐れはなくなったとして、「壊れかけた建物に注意」という文言を削除していますが、これが直ちに危険な建物でも中に入って片付けができるという情報ではありません。余震の見通しを示す地震の専門家と、危険度判定の方法を決める専門家によって、問題点の整理をし、的確な情報を出せるようにする必要があるのではないでしょうか。(了)

厚生労働省災害救助事務取扱要領(私の個人ページ)
能登半島地震県市町合同会議詳報(防災Webから)
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