連載・「防災施策と情報提供 災害の影響を少しでも軽減するためにどうすればよいか」(1)

国と自治体「経験の差」 「被災者目線の広報」には徹底した備えとシミュレーション訓練が必要

月刊『広報』(日本広報協会、2007年4月号)

 中川和之 時事通信社編集委員

◇様変わりした政府の対応-能登半島沖地震の初動から

 災害時には、どんな事態が発生しているのか状況を把握した上で、避難所に行かねばならないのか自宅に留まれるのか、家を補修するか建て直すかなどから始まって、一人一人の住民や民間企業、組織・団体、自治体などが、多くの意志決定を迫られます。そのために、たくさんの情報を必要とします。そこでは、行政機関からの情報提供や広報が極めて重要な役割を果たします。阪神大震災の反省に基づいて整備された中央省庁の体制は、それ以前とは比べものにならないぐらい整ってきましたが、多くの自治体の体制はまだまだというのが実態でしょう。
 災害と情報といえば、気象庁などからの気象警報や津波情報、避難勧告をどう伝えるかなど、緊急情報を考えがちです。確かに、情報提供によって、二次災害を防いだり、災害直後の混乱を減らせますが、さらに、被災後のさまざまな対応策をどう伝えるかは、生活再建や復旧、復興のために重要で、情報の伝え方によって地域の活力を引き出すことにもつながります。被災者目線でスピード感のある情報提供、広報をするために、普段から何をしておけばよいのか、災害時にどのような対応が望まれるのか、平時や災害時の自治体の対応事例などをもとに、現場のヒントになるよう、連載で紹介していきます。

◇地震2時間後の官房長官会見

 3月25日に能登半島沖で発生したマグニチュード6.9の地震で、首相官邸では1時間50分後に塩崎官房長官が記者会見をしました。危機管理監をトップにした各省庁の局長級らによる緊急参集チームが、被害シミュレーション結果や、各省庁から入ってくる被害情報などに基づいて、対応策を検討しての発表でした。緊急参集チームは30分以内に集合することになっているのですが、この日は災害対策用の官舎に住んでいて地震後10分余で官邸に駆けつけた内閣府幹部が、既に他省庁のメンバーもかなり集まっていたことに驚くほど、緊急参集は定着しています。
 大災害の場合、政府は首都直下地震クラスで緊急災害対策本部(本部長は首相)、新潟県中越地震の場合などは非常災害対策本部(本部長は防災担当大臣)を設置します。本部を設置した場合は、官房長官会見の後に、首相や防災担当大臣の会見となるのですが、今回は官邸に災害対策室を設置しただけで本部は設置しませんでした。そのため、事務方の緊急参集チームが協議の結果を確認事項としてまとめ、それに基づいて政府の合同情報先遣チームや防災担当大臣の現地派遣、現地に連絡対策室の設置などを決めて、官房長官が発表しました。  秘書官から地震の一報を受けた安倍晋三首相が、発生後3分で塩崎恭久官房長官に「早急に被害状況の把握と住民の安全確保に万全を期すよう」と指示があったことも、その会見で明らかにされています。

◇先手先手と動く首相官邸

 12年前、首相官邸に当直体制はなく、村山富市首相への連絡は地震から2時間近くたってからで、事務方トップの官房副長官が官邸に到着したのは地震発生の3時間後でした。会見の中身からみると、阪神大震災当時、発生から10時間余に行われた村山首相会見の発言は、今回の地震で2時間以内で行われた官房長官会見より中身がありませんでした。その後、官邸危機管理室の設置や、中央防災会議事務局としての内閣府防災担当の体制強化によって、いまでは見違えるような体制が構築されました。
 さらに、森喜郎元首相がハワイ沖で米原潜と衝突沈没したえひめ丸事故の際、情報を受けながらゴルフを続けて批判を浴びて退陣に至ったことも、次の小泉政権の危機管理体制構築に影響を与えています。2004年に10の台風上陸と新潟県中越地震、05年に福岡県西方沖地震、06年に平成18年豪雪と災害が相次いて、体制がよりブラッシュアップされました。今では、首相官邸を筆頭に、内閣府や各省庁がどんどん先手を打って来るようになっています。豪雪の際に、官邸以下政府で自衛隊派遣の準備をしていたのに気付かず地元市からの派遣要請を一度は断って批判された田中康夫長野県知事(当時)だけが特別に鈍かったとは言えないでしょう。法令上は一定の被害実態の把握が前提で知事に権限がある災害救助法の適用を、官邸側が「まだかまだか」とせっつく構図が顕著になっているのも事実です。  霞が関は、各地の災害を経験して慣れていますが、自治体の担当者には初めての経験というケースがほとんどでしょう。そこにミスマッチが生じ、マスコミに追及されるスキが出てくる可能性は大きくなってきています。

◇「スキあらば」と狙うマスコミ

 トップの危機管理能力を、対応の遅れがなかったかどうかでマスコミは見極めようとします。被害の情報や被災地の救援対策などより、落ち度がなかったかを記者会見などで追及します。今回も地震発生から2時間足らずの官房長官会見で「官房長官や総理への連絡時刻は?」、「防災担当大臣はどこに?」などという質問が飛びました。夕方の関係省庁連絡会議後のブリーフィングでも「大臣の動向や内閣府の動きを分刻みで知りたい」との質問が出てきます。
 実際には、東京・富ヶ谷の私邸にいた安倍首相は、地震3分後から指示を飛ばし、2時間後に公邸に入っています。地元の広島に帰っていた溝手顕正防災担当大臣は、首相とも連絡を取りながら直ちに羽田に飛び、さらに自衛隊の入間基地までヘリで移動して、先遣チームと合流、政府調査団のトップとして被害がひどかった石川県輪島市内などの視察を同日夕までに行いました。

 この日夜に安倍首相は、記者団に対し「(対応に)問題なかったでしょう」と強調しているように、私もスムーズな対応だったと感じています。それでも、時事通信の原稿は「せっかく公邸が(官邸の)そばにあるのに」という防衛庁長官経験者の声を紹介して、あえて疑問符を付けています。このような場合でも、マスコミはどこかにミスはないかとあら探しをするのです。

 どうすれば、揚げ足を取られなくて済むのか。それは、トップのセンスだけではありません。徹底した備えとシミュレーション訓練が必要なのです。一部の進んだ自治体や、国レベルでは、具体的な被害想定に基づく被害シナリオと、それに対する具体的な対応策、さらに被害軽減の事前対策、被災後の復興策の検討が進んでいます。
 その一つとして、内閣府では私も含めて多くのマスコミ関係者も委員にした「大規模災害発生時における情報提供のあり方に関する懇談会」を開催し、政府としての情報提供のあり方を整理しようとしています。次回は、その報告書がまとまっているはずですので、懇談会での議論や報告書の内容を解説したいと思います。(了)

 能登地震直後の官房長官会見の説明内容(首相官邸ホームページ)


トップ|index|中川 和之

転載やリンクの際はご連絡下さい