到来しつつあるボランティア社会を前提とした
災害救援システムの実現に向けて 報告書要旨
21世紀の関西を考える会
ボランティアを含んだ都市・地域防災チーム

1997年8月

提 言

  到来しつつあるボランティア社会を前提とした災害救援システムの実現に向けて

 阪神大震災を契機として、ボランティア活動は、人々が日々の生活の中で自分の活動の一つとして自然に思いついて参加できるものとなりつつあり、多種多様な活動がボランティアによって行なわれることが当たり前の社会になってきている。このことを認識したうえで、ボランティアを含んだ災害救援システムを構築していくことが、21世紀の安心・安全な都市・地域づくりのためには不可欠であり、そのため、以下のことを提言する。

1.災害救援ボランティアと行政は、相互依存でなく相互補完的な連携をすべきである。
  −−「顔見知り」の関係を構築し、互いの「間」を知る−−

 災害救援ボランティアは、地元行政ができるだけ早く通常業務に戻り、復興に向けた施策を被災住民とともに展開できるように支援することが求められる。行政は、人員・予算・効率の面で限界がある組織内の災害対応部門の強化だけに頼らず、むしろ、より実践的には災害救援に特化した民間組織との連携を前提にすべきである。そこでは、依存や管理の関係ではなく、互いの特性を生かした相互補完的な連携を目指すべきである。
 実際の災害救援活動の展開に当たっては、行政を含めたそれぞれの組織が、全体を見渡しながら、互いの立場と役割を理解した適時適切な活動を展開するという、いわば互いの「間」の取り方が重要である。そのためには、災害救援ボランティアは、行政との窓口を一元化したうえで、行政組織の多様な部局と連携を図り、平常時から「顔見知り」のネットワークを作っておくことが求められる。

2.行政もボランティアも計画しすぎず、権限委譲など緊急モードを想定すべきである。
  −−想定以上の被害を前提に、速やかなモードチェンジを−−

 いかなる防災体制を敷いても、想定以上の被災、あるいは想定していない事態がありうるのが災害である。行政も災害救援ボランティアも、計画にないことに対処できる能力を高める必要がある。行政は、災害時の現場の裁量権の一時拡大や、事後の責任の免除など、緊急時の権限委譲ルールを定めておき、災害時には速やかに緊急モードに切り替える必要がある。例えば、連携するボランティア組織を認定して、「民間からの救援物資は民間(ボランティア)で」など、大幅な権限委譲を速やかに決断すべきである。そのためには、行政は平常時から災害救援ボランティアの主要な役割分担を大まかに定めておき、災害時に行政情報の開示を行なう手続きなどを整備しておく必要がある。

3.災害救援ボランティア活動は一過性のものである。
  −−ボランティアの撤退が計算された計画を立てる−−

 災害救援ボランティアは、避難所の生活支援や救援物資の配給、情報の収集など、行政が正常な機能が発揮できない期間、すなわち、被災者自身が復興という目標に向かって自立した行動を起こして、相互扶助的な活動が起こるまでの限られた期間の、一過性の活動であることを常に念頭に置いて活動しなければならない。どのような復興を目指すのかも含めて、被災地外の人間が災害からの復興を指揮したり、イニシアチブをとることは許されない。ボランティアの撤退が計算された計画を立てるべきである。

4.災害救援にはコーディネーターが必要である。
  −−客観的で冷静な判断力と、経営者的感覚を−−

 災害救援ボランティアは、失われた「かけがえのなさ」を取り戻すことができ、他者とともに「熱くなれる」活動であり、社会構造をも変えうる存在である。しかし、大規模災害になればなるほど、参加するボランティアの数は増大し、活動の複雑性も増す。そのため、災害救援には、常に客観的で冷静な判断力をもって全体を把握し、経営者的感覚をもって各団体や行政、専門機関との連携調整を行なうコーディネーターの存在が不可欠である。コーディネーターとは、決して現場のリーダーではないことに留意すべきである。
 
5.災害救援ボランティア組織の専門性を高める必要がある。
  −−専門家としての社会的認知を得る努力を−−

 行政と連携する災害救援ボランティア組織は、被災者との信頼確保のためのプライバシーの保護や守秘義務の遵守などについて徹底を図るなど、専門性を高める必要がある。一方、行政もボランティア組織を専門家として認識すべきである。そのためには、ボランティア組織の法的基盤や財政基盤の整備を図るとともに、ボランティア組織自体も、民主的な運営や情報の公開などにより、組織運営上のチェック機能を働かせるべきである。また、広域災害救援ネットワークを構築しようとするNAD構想(報告書「実践編」参照)のような取り組みは、ボランティアの専門性を高めるうえでも有効である。
 ボランティア個々人の専門性を高める努力も必要であり、災害救援活動に関する実践的な講習を、省庁など実施主体の権限にこだわらず実施するなど、学習の機会を提供すべきである。

6.ボランティア組織からの情報提供・広報活動が重要である。
  −−日常的に信頼される情報発信を心がける−−

 災害救援ボランティア組織は平常時から情報提供・広報活動を重視し、市民や行政、マスメディアなどに広く認知されておくことが重要である。このことは、組織の所在地が被災した場合だけでなく、他の地域に災害が起きた際に後方支援に回る場合においても、スムーズな活動を支える意味で貴重である。独善に陥らない、客観性を重視した情報提供を心がけ、信頼度を高めることが重要である。また、ボランティア団体の財政基盤が確立していない現状では、行政やマスメディアがボランティアの広報欄を設けるなど、ボランティアからの情報発信を積極的に側面支援すべきである。

報 告 書 要 旨

〔はじめに〕
 この報告書は、阪神大震災に実践的にかかわった研究者や法律家、企業人、メディア関係者らが集まった本検討チームが、阪神大震災の経験やその後のさまざまな施策などに基づいて、140万人を超えるボランティアが救援に駆けつけたという事実を踏まえ、それが今後の都市・地域防災にどう生かされるべきかを検討した結果である。
 本チームには、現場で実践を行っている日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD、旧西宮ボランティアネットワーク・NVN)の代表者も加わっている。これは、阪神大震災で活動したさまざまな団体・グループのうち、NVN(NVNAD)がなぜ「西宮方式」と称されるような成果をあげ得たのかを分析し、日本で初めての民間災害救援コーディネート団体の構想にも検討を加え、阪神大震災の経験を活かした災害救援システムを作り上げていく必要があると考えたからである。
 我々は、阪神大震災を契機に、人々が日々の生活の中で、自分の活動の一つとして自然にボランティア活動へ参加できる社会になりつつあり、多種多様な活動がボランティアによって行われることが、当たり前になってきていると考えている。日本海での重油流出事故の重油回収に、27万人のボランティアが駆けつけたことからも明らかである。
 このように変わりつつある社会システムを前提に、ボランティアを含んだ災害救援システムを構築することが、21世紀に向けた安全・安心な都市・地域づくりに必要だという共通の視点から、総論だけに終わらない実践的かつ理論的な背景も含めた6項目の提言を行った。
 この提言を含めた本報告書が、広く社会でボランティアと災害救援のあり方が議論される材料となり、具体的な行動や施策に生かされることを切に期待している。

〔事例編〕
第1章 阪神大震災におけるボランティアと行政
◇神戸、芦屋、西宮での異なった連携のあり方
 災害救援におけるボランティアと行政との関係のあり方を、一定の行政区を単位に活動した広域ボランティア組織を対象に、神戸市と阪神大震災地元NGO救援連絡会議(NGO連絡会議)、芦屋市と芦屋市ボランティア委員会、西宮市と西宮ボランティアネットワーク(NVN)の3市の事例を理念的に類型化して問題点や課題を探った。これらの事例は、神戸市と距離を取ったNGO連絡会議、芦屋市の単一の部署を通じて連携した芦屋市ボランティア委員会、西宮市と一体となって救援に当たったNVNという整理ができる。
 神戸市とNGO連絡会議の場合は、既存のNGOの8団体が86年に結成していた協議会を母体に発足した。経験がある団体を核としながら、その事務局スタッフの大半はボランティア経験がないのが特徴で、地元行政との直接的な連携は見られない。「ボランティアは決して行政の下働き的な地位や行政の補完的機能に安住してはならず、独自の活動を行わねばならない」という考え方を持っていた組織で、行政側も一線を画する姿勢を持っていたとみられる。その後離合集散を繰り返して、多様な小グループに分かれて、被災地の現状に即した活動を継続している。
 芦屋市と芦屋市ボランティア委員会は、芦屋市役所に集まった個人ボランティアの中から自然発生的に発足した。市と連携をしながら活動したが、窓口が市の課長と委員会代表の間の単一であり、膨大で複雑な情報を二者間で交換したため過大な負担を強いられただけでなく、双方の組織に十分フィードバックされない弊害を生じた。さらに互いに暗黙の了解での活動が増えて食い違いも生じ、行政が出来ないことをすべて行わねばならないかのような負担をボランティアに感じさせた。震災半年後に市から解散が打ち出されて関係が絶たれ、その後も行政と一線を画して活動を継続したが、2周年で解散した。
 西宮市とNVNの場合は、発災直後から活動していた団体や個人で設立、西宮市自身もNVNの加盟団体として名を連ね、一体となった救援活動が見られた。「民間からのものは民間で」との市の判断で、救援物資の管理をNVNが一手に引き受け、被災者にいち早く物資が届けられ、行政は物資整理に職員を割かずに本来業務に従事できた。そこには、行政にもボランティアにも、情報の共有や相互補完関係という割り切った考えが共有され、パートナーシップは比較的早い時期に樹立された。

◇早期の復興に連携は不可欠
 これらのいずれが最も効果的だったかを、一律に判断はできない。しかし、救援物資の整理では西宮でのボランティアの活動が成果を上げる一方で、相互補完的な連携を取らなかった地域では物資の整理に時間を要して必要なときに必要な物資が配布されない問題も表面化した。また、連携していれば得られた情報を、双方が別個に収集に当たるという非効率的な状況もみられた。行政には平等の理念があるが、災害は住民に等しく訪れるわけではなく、ボランティアによる臨機応変な対応が貴重である。
 一方で、大災害時には自治体組織や職員も被災者であり、そこにかかっている過大な負荷をボランティアの行政支援で軽減することで、被災地の地元行政ができるだけ早く通常業務に戻り、被災地の復興に向けて被災住民とともに施策を展開していくことが必要である。どんな防災体制を敷こうとも、想定以上の事態がありえるのが災害であり、被災している行政の負荷をボランティアが軽減し、いち早く復興に向けた取り組みを行政が展開するために連携する必要性は、行政だけの活動による非効率をボランティアの活動で補うことより、より積極的な意味がある。
 3市の事例を踏まえ、連携する際には以下のような点への配慮が必要だと考える。
  1.ボランティア同士の連携による行政との窓口の一元化
  2.行政組織の多様な部局との連携
  3.依存や管理ではなく、それぞれの組織の特性を補完し、機能を最大限に生かした自律的な連携
  4.ボランティア団体の財政基盤安定の支援など、平時から連携できる体制の構築
 
第2章 ボランティアと行政:西宮市の事例
◇市側から働きかけて実現した連携
 震災直後から、全国からボランティアや救援物資が届いた西宮市役所では、山積みにされた救援物資を市職員とボーイスカウトを中心にしたボランティアが庁舎の地階に運び込み、搬入・搬出作業が行われた。避難所でもボランティア団体などが活動を始めて、それぞれ人手不足状態となっていた。一方で、市人事部を窓口にボランティアの受付を開始したが、情報不足のためにおなじ庁舎の地階の人手不足すら把握できず、受付で登録したボランティアが何時間も指示を待つ状態が当初は続いた。
 このため、業務の効率化やボランティアの安定した活動のために、ボランティア自身が自発的・自主的にボランティアを組織していくような案を、人事部がリーダーたちに打診を始めた。ボランティア側にも互いの連携を探る動きもあり、市の打診に賛同したボランティアの有志が、情報交換のためのネットワークを組織することになり、西宮YMCAやボーイスカウトなどの既存団体や、応援する市民の会、関西学院救護ボランティアセンターなどの震災後の団体に加え、西宮市も一員として加わったNVNがスタートした。
 2月1日に発足したNVNには、市が地下の職員食堂を事務所として提供し、事務機材を供与した。4日には市総務部長名で市が正式にNVNと連携することが周知された。

◇自治体の立ち直りへの支援が被災者支援につながる
 2月から3月は、(1)被災者の保護と安全確保・衛生管理支援、(2)避難所のすべての作業と保安支援、(3)救援物資(食料・日用品すべて)の集積と発送、(4)被災者の要望事項や相談の行政との仲介、(5)避難所以外の被災者の支援活動、(6)被災者の毎日の状況調査、(7)市の行政事務の円滑化支援、(8)その他被災者の復興に関わる活動全般の支援を行った。
 3月中には業務が安定し、下旬には市役所地下からJR西ノ宮駅近くに事務所を移転。復興支援のイベント活動や仮設住宅支援や状況調査、春の選抜高校野球の際の周辺清掃キャンペーンなどを実施した。5月の連休に「がんばれみやっこフェスティバル」と題した復興祭を開催した。
 この間NVNは、被災者への直接の支援だけでなく、自治体の立ち直りの支援が復興の早期化に結びつくと考え、ボランティアの撤退を含む調整の支援によって被災者の自立が促進されると判断して活動していた。外部ボランティアの限界を見据え、災害時に行政に対して寄せられる被災者の不満をNVNが直接緩和することより、被災者自身が直接自治体と議論できるよう、被災者と自治体の双方を支援するというスタンスを取った。
 具体的には物資や食料の配布や、非公認避難所の発見や被災者把握などの多くの人手が必要な作業や、市民からの相談を市の担当部局へ紹介したり、私企業からの救援申し入れの受付などの作業を行い、経過はすべて西宮市に報告するという自治体への支援を行った。
 一方、西宮市は活動拠点と事務機器の現物供与を行ったほか、NVNを連携団体として積極的に認知し、市職員に周知し、庁舎内の各部局とボランティアの担当者が直接話し合い、「顔の見える関係」の構築に協力するなどのNVNへの支援を実施した。もっとも目立ったのは、救援物資の取り扱いをボランティアの手に委ねて、市側がそれを応援するという体制を敷くことだった。
◇災害救援に特化した組織に転換
 「がんばれみやっこフェスティバル」の後にNVNを解散することも検討されたが、経験と成果を将来の災害救援に役立てるため、災害救援の先進の地である静岡県とアメリカでの事例調査や情報収集を行った。その結果、地域社会への支援活動と、災害救援活動の2本柱で活動を行うこととし、「日本災害救援ボランティアネットワーク」と改名し、被災地支援などは「市民ボランティアクラブ」に委ねることにした。
 その後は、世界各地の災害救援団体と連携し、海外の災害救援に乗り出したり、日米災害救援シンポジウムを開催するなど、災害救援活動に特化を図る一方で、平常時から災害救援に関わる行政やライフライン、日赤、ボランティア、メディアなどの諸団体がネットワークを結び、災害時に効率よく活動が行えるよう「NAD関西」の設立を提唱して活動を続けている。また、97年1月の日本海での重油流出事故に対する後方支援として、行政諸機関とボランティアの連携体制の整備などを行い、現場だけでない後方支援への関与のあり方で新たな経験をした。

第3章 米国における災害救援とボランティア
◇国、州、地元自治体ごとにある連携のチャンネル
 NVNADの活動モデルとなっているのは、米国のボランティアと行政の連携である。95年7月に米連邦緊急事態管理庁(FEMA)や全米災害救援ボランティア機構(NVOAD)を視察して、NVOADの活動を参考にして、NVNADはその後の活動を展開している。
 米国では、連邦政府の緊急事態管理庁(FEMA)、州政府の防災委員会(OES)、地元自治体の防災委員会(OES)が行政側として災害救援にあたる。基本は地元自治体の判断が優先され、FEMAは連邦政府の各省庁の相互調整が主たる任務だ。連邦政府の防災関係者の平常業務は、州政府や各自治体に出向いて雑談を交わしながら円滑な人間関係を維持することだとも指摘されている。
 一方ボランティア団体側でも、全米のNVOAD、州単位の組織のVOAD(94年の時点で43州に設立)、地域のボランティア組織が、それぞれのレベルごとに行政の組織と連携を図っている。平常時から、情報交換や訓練プログラムの開発・実施をおこない、災害時にはあらかじめ決められた役割分担をもとに救援活動を展開する。
 ボランティアが定着している米国では、災害時にボランティアと行政が連携するのは当然だが、1970年に設立されたNVOADが救援活動の調整を実際に展開でき始めたのはここ数年である。それぞれの参加団体ごとに避難所運営、食事の提供、個人ボランティアへの短期講習などの役割分担が定着している。
 NVOADへの加盟条件は、全国組織の非営利団体で、災害救援を定款に含むことであり、各団体からの拠出金で常勤スタッフ1人が雇用されている。組織運営は「相互調整に徹し、何らかの命令は出さない」との合意のもと、各団体の独自性が活かされている。

〔実践編〕
第1章 災害救援ネットワーク構築のためのアクションプラン
◇キーワードはネットワーク、事前協議で「顔見知り」に
 阪神大震災以後、広域災害救援ネットワーク構築に取り掛かった日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)は、その後の2年間に数回の災害に対応し、具体的な活動の事例分析を通じて民間としての災害救援のあり方を検討し、災害救援とボランティアに関する方向を「ネットワーク」をキーワードにまとめた。
 被災地以外が多くの情報を知り、被災地内では全体状況が把握できなかった阪神大震災の反省を踏まえ、情報の偏りが混乱を招くことを避けるため、行政を含めた個々の団体・機関が知り得た情報を、どう選択し集約するか、事前に決定しておくことが重要である。非常時の即応のためには、全てが「ネットワーク構築」を通じた事前協議にかかっている。日常的に互いの情報交換を重ね、「顔見知りの関係」を築くことが最大の条件である。
 一方で、刻々と変化する状況に即時対応した速やかな情報発信が必要で、インターネットや、ファクスの同報通信、広域無線等の完備とメーリングリストの作成等、伝達できる範囲を拡大しておく必要がある。いつでも発信でき、だれもが理解できるフォーマットを作成し、ネットワーク共通で理解されている情報を常に発信することが、将来の災害に備える広域ネットワークの果たす重要な役割となる。

◇行政は、まず協議相手を認知して連携を
 被災者になる可能性は、一般市民だけでなく、自治体そのものも企業も、何もかもが失われることが想定される。このため、産官学民が連携して災害への対応を行わなければならない。この時に活動できるのが、被災地外を含めたボランティアである。行政にとって最も困難な作業である「不特定な人が、不特定な時に、不特定な場所に来る」という計画できないボランティアへの対応は、各地域における民間で作られたボランティア窓口の存在が解決する。広域のネットワークは、このような緊急時に対応できるための連絡網であり、行政の不安を解消できる窓口の一つとなる。行政がネットワーク団体を認知して連携するという姿勢を明確にしておくことで、早期の救援活動が可能になる。連携に際しての具体的な留意事項は、事例編第1章の最後に述べた。

◇コーディネーターに必要な経営者感覚
 ボランティア活動の「リーダー」と「コーディネーター」は違う。コーディネーターの役割は演出家であり、経営者的感覚を持つことが条件となる。現場で指揮を執るリーダーと異なり、被災者や被災地に対応する直接の作業にあたらないコーディネーターは、裏方で常に客観的で冷静な判断力をもち、全体把握をしなければならない。単にボランティアのニーズの調整を行うのではなく、行政・専門機関との連携調整を主な役割とし、行政の補完的役割をもボランティアの活動とすることを認識していなければならない。広域のネットワークでは、コーディネーター同士が相互に調整機能を果たし、救援活動の効率化に努めなければならない。

◇安全管理に共通のルールが必要
 災害救援ボランティアの効率化の前提には、ボランティア自身の安全管理がある。ボランティアといえども、闇雲に何をしてもよいものではなく、複数の人間が動く以上は何らかのルールは必要で、特に二次災害を防ぐためには安全管理は最重要である。ボランティアの安全管理については、広域のネットワークで事前に十分認識して共通の理解をもつべきである。安全管理のためのルールは、ボランティアで自主的に設定すべきだが、あえて行政と一線を引くことは混乱を招くだけであり、特にボランティア参加者の健康管理や服装・装備、保険手続きなど、決めておかねばならないことは数多くある。そのためにも行政との連絡をとり、お互いに情報を共有することが大切である。

◇「限定された活動期間」が災害救援ボランティアの特徴
 災害救援ボランティア活動の特徴は、福祉などのボランティア活動と異なり、期間の限られた一過性の活動であることである。災害救援ボランティア活動は、避難所生活支援や救援物資配給、情報収集など、行政の正常な機能が発揮されない時期に行われることが前提となる。地元住民が復活・復興への姿勢を見せ始める時期には、住民と自治体に活動の主導権を委ねて後方支援に回らなければならない。主役は住民であり、市民生活の安全と復興の責任は地元自治体にある。どのような復興を目指すのかも含めて、被災地外の人間が指揮をしたり、イニシアチブを取ることは許されない。広域ネットワークでは、被災地外からのボランティアを呼び掛ける場合の条件として、撤退時期の計画を立てることが重要である。
 「ボランティアの撤退」は、計算された計画でなければならない。復興期を迎えるにつれて、地元住民による相互扶助活動が芽生え、地元住民のボランティア希望者が増える。県外ボランティアの撤退と、地元住民ボランティア組織の設立が同時並行的に行われることがベストであり、このための支援がコーディネーターの重要な役割である。また、ボランティアの撤退によって被災地の住民が見捨てられたという意識をもたないよう、災害救援ボランティアは期限付きの活動であることが、多くの市民に理解されるよう努めなければならない。また、長期的なボランティア居残りによる混乱を恐れる行政・自治体に、ボランティアの受け入れに不安感を持たせないようPRも行わなければならない。

◇後方支援には経済界の参画がキーに
 広域災害の救援活動で重要なことの一つに、ボランティア活動への後方支援がある。阪神大震災や日本海の重油流出事故で、自治体など公的機関に寄せられた義援金が、ボランティア活動の支援に活用されなかったことは、大きな反省とならなければならない。後方支援で期待される内容は、活動資金、設備・機器の提供、各自の持つネットワークの活用などであり、広範囲に亘ることを考えると、財界・産業界の参画が大きなキーポイントである。

◇地域ブロック単位で災害救援ネットワーク(NAD)を
 NVNADでは、災害に対する広域支援体制として、全国の地域ブロック単位の広域ネットワークとして、「災害救援ネットワーク」(Network Active in Disaster、略称NAD)の設置を提言している。災害救援に稼動できる条件を備えた各種団体が、互いに連絡網を持ち、情報の交換と共通の理解をもつために、自治体や地元自治組織をも含む広域で構成する。災害時に、被災地内で行われる救援活動に対する広域支援を目的とし、平時から築いておく全国的な民間情報交換システムである。
 そのメンバーとしては、各ブロックに含まれる災害対応の専門機関(災害救助法対応民間組織を含む)の日本赤十字社地区支部や地域社会福祉協議会、電力、ガス、NTT、輸送関係会社など、ライフライン・インフラ関連企業と、労働組合や地域ボランティア団体、さらに全国組織をもつYMCAやアマチュア無線連盟、ボーイスカウト、さらに宗教団体のボランティア部門など、広域支援態勢が可能な団体・機関の参加が望まれる。特に全国に支社営業所を有する大手企業の参加は理想的である。その上で、自治体防災担当・消防・警察・自衛隊からのオブザーバー出席を得ることができれば、NADの目標は達成される。NADは、決議機関ではなく、情報交換と、各機関・団体のスキルを互いに知ることから始まり、定期的な「顔合わせ」からスタートする緩やかな連携であることが望ましい。既に、電力・ガスなどライフライン企業と、マスコミ、行政の間では、災害時の情報の円滑な伝達を目指して「KANSAIライフライン・マスコミ連絡会」が発足しているが、これは注目に値する。
 また、最初からNADの形にこだわらず、関心がある団体や研究者らが緩やかな集いを持つところから始めることも可能だ。ただ、政治的な動きや行政批判の受け皿になる危険を含まないようにすべきである。官民の連携を望んでいるのは行政自身だが、具体的に相手を特定できず積極的に展開できないジレンマがある。行政機関との連携は、民間側から行政に手を差し伸ばすことが先決である。

第2章 災害救援におけるボランティア活用の法的基盤
◇ボランティアへの役割分担を想定した計画を
 阪神大震災を機に、各省庁は防災業務計画などで災害ボランティアの受け入れと基盤整備などを位置づけており、より具体的なボランティア活動支援の施策の立案・実施が求められている。
 第一には、組織されたボランティアや専門家集団と、個人のボランティアを区別した上で、主要な役割分担を大まかに定めておくことが必要である。日本海の重油流出事故で一部のボランティア団体には、動員力や専門性など一定のノウハウが蓄積されていることが分かった。行政は、このような機能に注目して、災害時に重要な役割を積極的に担ってもらうことをあらかじめ計画し、介護が必要な老人の名簿などの行政情報の開示など、法的には例外的に正当化されるとしても、事前に手続きなどを整備しておくことは必要である。また、ボランティア側にも、守秘義務の遵守などを徹底しておくことが求められる。

◇現場の裁量権を拡大する緊急時の特別ルールを
 また、ボランティアや物資、資金の主要な受け入れ窓口に行政がなることは問題であり、ボランティア組織などが共同で窓口を設けて、被災者への生活支援、ボランティアへの運営資金など、送る側の希望に応じた窓口を設ける方法を、平常時から整理しておくべきである。
 さらに、現場での柔軟な対応が功を奏した阪神大震災の経験を踏まえ、行政がボランティアを計画に位置づける際にも、計画しすぎない、組織化しすぎないことが重要である。災害時には行政の原理を「平等性」から「必要性」に切り替えるべきだが、行政自身の限界を想定し、柔軟な対応はボランティア組織に委ね、行政は活動の調整役にとどまるべきである。
 その上で、行政自身の現場対応に柔軟性を持たせるため、行政情報を開示できるような守秘義務の解除や、ボランティア組織への物品や資材の供与、決裁の省略などが、一定の要件の下で行えるよう、現場の裁量権の拡大と事後の個人責任を免除する緊急時の特別ルールを定め、権限委譲が速やかに行えるようにすべきである。
 災害時も念頭に置いたボランティア保険は整備されつつあるが、支給水準だけでなく、ボランティア活動に起因する疾病が対象外である点は改善が求められる。

◇民間非営利団体(NPO)の育成に法的基盤の整備を
 行政が、災害救援の柱としてボランティアを位置づける以上、市民の側にも行政から信頼されるだけの組織力、専門性、ノウハウの蓄積が求められ、そのためには市民の側の自主的な非営利組織を育成するための法的基盤の整備を急ぐ必要がある。
 第1に簡易に法人格を与える市民活動法人法の制定が必要で、より根本的には公益=官・行政、営利=民間企業しか想定していない民法の改正で非営利法人法を制定すべきである。
 第2に、市民活動法人の経済的な基盤の強化のため、企業などから資金が流れやすいよう寄付金の所得控除など税制の改革が必要である。
 第3に、行政は、ガラス張りの原則を守ったうえでの事業委託や補助金の交付のほか、セミナーの開催など多様なメニューで側面から育成の援助を行うことが必要である。
 第4に、公務員に導入されつつあるボランティア休暇を、民間企業にも普及させる必要がある。
 最後に、団体側も「よい活動をしているから」と甘えずに、意思決定過程や財政面の民主的手続きと公開性を徹底し、マネージメント能力を高める努力が必要である。

第3章 災害救援に関する中央省庁の取り組みと課題
◇一般救援ボランティアの位置付けは不十分
 阪神大震災以降、見直された国の防災基本計画や、各省庁の防災業務計画の中に、ボランティアの事前登録、研修制、コーディネーターの要請、活動拠点の確保、連携などが、それなりに盛り込まれている。しかし、従来から結びつきがある業界団体などを通じた特定の技能を持つ専門家をボランティアとして活用しようという計画などは進んでいるものの、今後も大量に現れる一般の救援ボランティアの位置付けは不十分なままで、地域防災業務計画でボランティアを位置づけた自治体でも、対応策を立てられずにいるのが実態だ。
 阪神大震災での経験を何らかの形で防災業務計画に盛り込み、制度化、事業化、施策化しようという取り組みがみられる省庁(96年末現在9省庁)と、防災業務計画等での位置付けがなされていない省庁がある。計画で何らかの位置付けをしている省庁では、現在でもマニュアルや指針などを作成する取り組みが行われていることからしても、計画に盛り込まれる意義は大きく、今後もその努力は続けられるべきである。
 1級、2級の建築士を対象に育成が進む建築物応急危険度判定士が96年度末までに約7万人に達するなど、専門的な技能を持つ人たちによる災害ボランティアへの取り組みは進んでいる。建設省が最も活発で、所管の関連団体を通じて、その能力を活用しようという仕組みが多い。それぞれ各省庁の得意分野を生かすことは重要で、専門性を生かした効率的な活動である。同様の取り組みが可能な分野を持つ省庁での取り組みが求められる。
 また、場合によっては、ボランティアという概念からはみ出すほど、行政の補完組織化が進んでいる現状から、「ボランティア」と「動員」の違いを指摘しておく必要がある。「あてにできるボランティア」は必要だが、動員色が強くなることは避けねばならない。そのためには、従来のような行政からの指導という形で話を進めるのではなく、「自主性」を最大限念頭に置いた取り組みが求められる。
 一方で、防災業務計画にボランティアの項目を盛り込んだ警察庁や海上保安庁、運輸省では、ボランティア「団体」との連携しか述べられていないなど、大量に現れる一般ボランティアの位置付けは不十分である。また、被災者の災害救援に関して多くの分野を所管する厚生省では、社会福祉協議会周辺に限定したボランティア側のマニュアルしか作られておらず、日常的に消防・防災を所管する消防庁でも、まだ検討が進められている段階だ。今後、支援するボランティアと支援を受ける被災者、自治体側に立った政策の整理が求められる。災害時には、臨機応変で行政も民間もボランティア的な精神で活動することが望まれるが、法的基盤のところでも指摘されているように、行政機構の特質を踏まえると、活動や連携にあたって何らかの根拠を計画などに具体化・明確化することが必要だ。

◇省庁の縦割りを反映した研修・養成
 阪神大震災以前は、日赤にしかなかった防災ボランティアの育成など、災害・防災関係のボランティアの研修・養成も消防庁、建設省、厚生省で盛り込まれているが、それぞれの官庁の所管事項を中心にした内容になる結果、消防=応急救助、建設=2次災害防止、厚生=救助・福祉などと限定的になっている。行政の縦割りを反映させるのではなく、実際に災害現場での役割分担を想定した内容にすべきであり、それぞれの所管を超えた研修・養成を進める必要がある。
 また、災害救援ボランティアのコーディネーターに必要な専門性に対して、まだ認識が不十分であり、今後、NAD構想などの中から育ってくる可能性がある広域の災害救援専門ボランティアを明確に位置づけた連携も、各省庁は視野に入れる必要がある。

第4章 災害時のボランティア報道の特性と課題
◇大衆化されたボランティアを知らなかったマスメディア
 ボランティアをする人に対する報道の仕方は、福祉系のボランティアを前提とした特別な人たちという単純な切り口から、徐々に「あたりまえ」の存在として、その広がりぶりが紹介されるようになっていた。しかし、阪神大震災までは、まだ「先駆者の時代」であり、ボランティアがここまで大衆化される存在になるとはマスメディアは見通せていなかった。また、災害救援ボランティアの存在も、雲仙・普賢岳噴火や北海道南西沖地震の際や、米国の事例も紹介されていたが、一部に認知されているに過ぎなかった。
 大衆化されたボランティアも、災害ボランティアもほとんどのマスメディアは知らないまま、阪神大震災で災害ボランティアと向き合うことになり、現場で起きているさまざまな事象を総合的に捉えられる言葉を持たずに、目の前の事象をちぎっては投げ、ちぎっては投げの断片的な報道が多くなってしまった。
◇「白黒イズム」と「現場主義」とが報道の奥行きをなくした
 できるだけ物事を単純化して捉えようとするマスメディアが持つ特徴の結果、本来、簡単に分化できないことも「良い者」「悪者」を明確にしてしまいがちで、簡単にレッテルをはるので「レッテリズム」とか、物事を白黒単純化させるので「白黒イズム」として、指摘されている。災害ボランティアに関してはすべて「良い者」のレッテルを張り、ボランティアと住民、ボランティアと行政が対峙した際に、取材者として双方の言い分がそれなりに正しいことを把握した記者は少なくないにもかかわらず、さまざまな試みも一面的、表面的なとらえ方がなされてしまった。本来は手を携えて復興を図るべき被災地の住民と行政の間をつなぐ役割も持つ災害ボランティアを捉えるためには、ボランティア活動や市民運動にどこか「政治臭」がつきまとっていた時代と異なる今、単純に割り切れない、あいまいな中間領域に対する言葉をマスメディアが持つ努力をしなければならない。
 災害時に限られた医者や医療資材をより有効に使うために、重傷者から優先的に治療をするために行われる選別のことを表す「トリアージ」という言葉は、メディアでも「善」として受けとめられている。実際には、通常の医療体制であれば助かる可能性がある人も、その場の状況次第でより助かる可能性が高い人を優先し、ある時点で見捨てることもやむを得ないという厳しい選別だ。そうであるにも関わらず、その言葉で報道の受け手側もその深刻な事態を承知するという関係ができあがっている。災害ボランティアの活動にも、同様の限界があることを、マスメディア関係者が知っておくべきである。
 もう一つの問題は、「現場主義」にある。どれだけ広い視野を持ってその現場を観察、取材できるかが、奥行きのある報道のカギになるが、マスメディアには、大衆化されたボランティア、災害ボランティアについての知識がほとんどなく、また災害ボランティアについて、一定の論を持った研究者も少なかったため、表面的な現象だけをとらえた底の浅い、ヒューマンストーリーとしての美談的な報道が多くなった。現場にとらわれるあまり、広域的な視野を持てず、先に指摘された西宮での取り組みと神戸での取り組みの差異などについて指摘されるようになったのは、3カ月以上経ってからだった。

◇災害ボランティアの調整組織からの情報発信が重要
 災害時に、マスメディアは主に行政などの災害対策本部から、全体状況の情報を入手する。先に指摘した現場主義的な視点で集めた情報と、災対本部からのある種の権威的な情報を組み合わせて報道を行う。阪神大震災では、災害ボランティアの活動は、現場での取材が中心になってしまった原因の一つは、NVNなど広域的な活動状況を把握している広域ボランティア組織の広報機能が十分ではなかったことと、マスメディア側がボランティア組織の役割を理解していなかったためだと考えられる。
 確かに、NVNなどの広域ボランティア組織への取材はそれなりに行われたが、ボランティア組織側も受け身だけでは不十分である。広域ボランティア組織は、積極的に広報活動を行っていくべきで、その際には情報の信頼度の確保を十分念頭に置き、マスメディアで間違った報道や一方的な報道がなされないようにしなければならないし、現場のボランティアや被災者が過剰な取材攻勢に遭うのを避けるような調整も求められよう。
 また、災害時にはマスメディアも「いかなる防災体制を敷こうとも、想定された被災以上の事態に遭遇するのが災害」であることを前提に、闇雲に「権力批判」に走ることなく、被災者の救援を第一義に置き、災害ボランティアの活動がスムーズに行われるよう、メディアを提供していくという視点で報道することが求められる。逆に言えば、災害ボランティアの活動の特性をよく知り、その活動を阻害しかねないような「ただ見たまんま」の底の浅い報道になっていないか、検証しながら取材・報道を行うべきである。
 災害時におけるマスメディアの報道のあり方については、マスメディア自身でも、防災関係者らと一緒になった自主的な研究会が東京、大阪で持たれている。全国的なNAD構想の展開の中でも、マスメディア関係者が参加する必要性が指摘されており、日常的な地道な情報交換が行われる中から、これまで指摘したような問題点の解決策を展望していくことが期待される。

〔理論編〕
第1章 日本におけるボランティア社会の構想
◇ボランティア大衆化を導いた3つのトレンド
 ボランティア元年という言葉が、その字義上の不正確を承知の上で使用されたのは、今回の震災における多数の救援ボランティアの出現が、ボランティアをめぐる日本社会のあり方を、大きく変化させるのではないかという予感が働いたからに違いない。それは、おそらくボランティアが「大衆化」の時代に入ったという予感だろう。今回の震災を契機として、ボランティアは「先駆者の時代」から「大衆化の時代」に入ったと言える。
 大衆化とは、多くの人々が、ある商品を使用したり、ある行動様式をとるようになり、それが、何ら特別のこととして例外視されなくなることである。つまり、ボランティアから過度の違和感が払拭されつつあるわけである。
 すべての商品や行動様式が、先駆者の時代から大衆化の時代へと移行するわけではなく、大衆化の時代を迎えることなく消え去る方が圧倒的に多いのである。大衆化の段階に移行するのは、それを可能にする社会の流れ・トレンドが形成されていなければならない。ボランティア活動は、他者に対する財・サービスの提供を行う活動の一種である。ボランティア活動という財・サービスの提供形態は、個人主義、現場志向、脱貨幣志向という3つのトレンドの中で、大衆化しようとしている。そのトレンドは、いずれも、従来の支配的な集団主義、中央志向、貨幣志向の流れに対するアンチテーゼとして現れつつある。
 集団の一員としての価値より、一個人としての価値判断を重んじる個人主義の流れは、これまで日本社会で支配的だった集団主義の流れに対して新しい流れとして広まりつつある。従来も地震や風水害のような災害の際、仕事ではないにもかかわらず救援にあたる人々は「奉仕団」と呼ばれることが多く、そこには個人を指し示す言葉はなかった。ボランティアとは、個人を指す言葉であり、他者に対して財・サービスを提供する主体として、集団ではなく個人が浮上してきたことを示している。
 現場志向とは、中央主導の政治や行政システムに対して、草の根の現場の実践にこそ、より大きな重要性と充足感を見出す流れだ。中央からの視点は広範囲を眺望するのに対し、現場志向は顔の見える範囲をまるごと把握する視点だ。ボランティアは、災害救援だけでなく現場での活動を志向しており、政策提言を行う際にも現場体験に根ざしている。
 自宅の掃除や夕食の買い物など、以前は金銭的対価の対象になるとは思えなかったサービスが商品となるほど貨幣経済が日常生活に深く浸透している。それによって、かつては存在した「かけがえのなさ」へのこだわりも強くなっている。ボランティアの特徴は、金銭的な対価を期待せず、「無償だからこそやる人」であり、自らの活動や対象者に対する「かけがえのなさ」に対するこだわりが見て取れる。
 阪神大震災は、この3つのトレンドを一気に活性化した。報道された被災地の惨状は、多くの人々に個人の判断で被災地に向かう意思決定をさせ、日常的な行政の指示系統が麻痺して現場での実践が求められ、かけがえのない家族や住居を失った被災地の住民がいた。

◇露呈した社会の脆弱性は新しい流れの取り込みで克服を
 阪神大震災で露呈した社会システムの脆弱性は、従来の支配的なトレンドに埋没していたことに起因するものも含まれている。これは、それに対するアンチテーゼとして出現してきたボランティアの大衆化を支えるトレンドを積極的に取り込むことで克服できる。
 第1に、集団主義への埋没は、集団内部の濃密な団結の代償として集団を閉鎖的にする結果、縦割り行政という脆弱性をもたらした。災害時にはその弊害が一層深刻になる。第2に、中央主導への埋没は、官への過剰な依存と民の自立の欠如という脆弱性を生んだ。官の作った危機管理の大枠が、震災には即応できず、官の大枠が崩れた社会システムの脆弱性を思い知らされた。第3に、貨幣経済への埋没は、かけがえのない重要性を持つにもかかわらず、貨幣的対価になりにくいものに対する感受性を減少させ、地震も含めた自然環境や災害時に有効なコミュニティー、災害弱者となる高齢者や障害者、外国人などへの対応が後回しになっていたことを露呈した。
 新しいトレンドを取り入れ、社会システムの脆弱性を補うためには、次のような対応が必要である。第1に、個人主義の流れに支えられるボランティア活動を、集団主義を背景にもつ日本社会の新しい一員として認知するために団体の法人化などを進める。阪神大震災で活動した団体の65%は従来から活動してきており、日ごろから多数のボランティア団体を育成することで、災害時の救援ボランティアの源泉となる。第2に、現場志向的に活動するボランティアを、中央の手足としてでなく、貴重な情報源や「実践するシンクタンク」としての政策提言集団として位置づけ、協力関係を築く。第3に、脱貨幣志向のボランティア活動でも、続けていくためには事務所や少数の専従スタッフの給与などが必要で、経済的な支援を増大させるような寄付金控除などの制度が検討されねばならない。

◇災害時には、新しい流れを迅速に取り込む
 災害という非日常的場面では、従来の支配的な流れに新しい流れを迅速かつ徹底的に取り込むことが求められる。第1に、西宮市が、被災地内で結成されたボランティアのネットワークを、いち早く認知して連携団体として周知したように、速やかに認定して積極的に支援していくことが必要である。第2に、行政は平常モードから緊急モードに迅速に切り替えられる体制を準備し、一旦モードチェンジがなされたら、現場の行政スタッフやボランティアらに大幅な権限委譲を行う。救援ボランティアは、急速に変化するニーズに応じて地元に委ね、速やかな撤退を行うことも重要である。第3に、ボランティア活動への経済的な支援を迅速かつ効率的に行い、オフィスや事務・情報機器の提供などを行う必要がある。
 行政の危機管理が重視されるのは当然だが、行政組織内の災害対応に特化した部門に十分な人的・予算的配分を続けることは難しく、その部門に依存するのは危険である。むしろ、災害救援に特化したNPOが、縦割りの弊害を持たずに広範な活動を包含し、災害救援活動に対するエネルギーを持続しやすい。今回の震災を契機に、災害救援に特化したNPOが誕生しつつあることの意義は大きいと同時に、残された課題も大きい。

第2章 ボランティアを含んだ災害救援システムの構想

◇互いの「間」を知ることが、臨機応変に効率的な活動を可能にする
 阪神大震災におけるボランティアを含んだ救援活動は、従来の行政・企業中心の二者システムに加えて、ボランティアという市民を含んだ三者による社会システムを構築していくことへの展望を開いた。活動に一過性が見られ、被災者・被害者との間に匿名性が確保できる災害ボランティアは、新しくボランティア活動を始める者にとって、もっとも「気軽に」参加しうるボランティア活動の一種である。ボランティアが大衆化しつつあることを受けて、平時から行政・企業・ボランティア団体間のネットワーク(パートナーシップ)の形成を進めながら、ボランティアを含んだ災害救援システムの実現に向けてあらゆる努力がなされるべきである。

1.インプロビゼーションとしての災害救援活動
◇ルールは即興的に変えられなければならない
 ボランティアを含んだ災害救援活動は、シナリオのない即興劇や即興演奏のような「インプロビゼーション」として捉えられる。インプロビゼーションとは、その場その場の状況に応じて事態を進めることを指すが、そこには一定のルールや型が存在する。インプロビゼーションは、ルールを刻々と変化させながら活動を続けるのがポイントである。それは、集まってきた人数などによって「三角ベース」にするなど、ルールを即興的に変えながら、野球をするという共通の目的を達する子供たちの草野球を考えると理解しやすい。
 災害時には、インプロビゼーションを可能にする技術を持った諸組織や個人が、他の参加者の特性など場全体を理解し、適切な「間」を置きながら活動を行う。コーディネーターは、インプロビゼーションには完璧という事態がないことを認識したうえで演出家となる。これが、インプロビゼーションとしての、ボランティアを含んだ災害救援活動である。 そのためには第1に、災害救援には事の詳細を記したシナリオは用意されていないことを忘れてはならない。人命救助中心の救急救命期、水・食料など最低限の物資が必要となる緊急期、避難所等の被災者への救援期、ライフラインが復旧していく復旧期、そして地元行政が立ち直る復興期といった大筋の展開はある程度共通だが、活動内容はその時々に臨機応変に対処すべき事が多く、すべてを計画しておくことは不可能である。
 第2に、災害救援では、行政を含めて参加する組織や個人が、災害救援に関する情報や臨機応変の対応を可能にするだけの技術を持っている必要がある。行政機関は、防災計画で周到な準備を整え、機能の復帰にともなってその適用を求められるし、企業も被災地の現状に応じた資材・物資・人材・資金の投入が期待される。また、ボランティア団体は、参加者の受け付けとニーズの紹介などだけでなく、安全確保にも通じている必要がある。個人ボランティアも、どこに行けば、どのような活動に参加できるかといった情報を持つ必要が出てくる。
 第3に、災害救援では、参加する組織や個人が、全体のリズムや「間」を考慮しながら活動していく必要がある。それぞれの専門性を生かした持ち味を出し、より効率的な救援活動を展開するために、個々の参加組織・個人に関する情報と場全体に関する情報を揃え、「間の抜けた」救援活動になるのを避けねばならない。平等や継続性、全体的合理性といった基準に従う行政機関と、ニーズ中心で一過性、局所的合理性といった基準で活動する災害ボランティアが相補的に活動するために、各組織や個人の独自性を尊重した「間」の取り方を、工夫していかねばならない。

◇平時に「顔の見えるネットワーク」の維持を
 第4に、災害救援では、被災者ニーズから乖離した活動には意味がなく、被災地の復旧が進み、被災地住民による自力復興の兆しが見えた場合には、それまでの救援活動を被災地住民に引継ぐことを考えなければならない。
 第5に、災害救援では、コーディネーターが必要である。よりよい対策を生み出していくためには、各参加組織・個人に自発的に行動してもらえるように、また、被災者により役に立つように、被災者を含んだ場を演出していく存在が必要である。阪神大震災でも、ボランティア以外の行政や企業との関係までを含めて、被災地における救援活動全体をコーディネートした人物や団体は少なく、これからはその存在はより求められる。
 最後に、災害救援では、平時に「顔の見える」ネットワークを維持し、本番ではない時に気心の知れた関係を築いているか否かによって、行動の展開や深みに差が生じるのは当然である。災害救援に参加する行政や企業、ボランティア団体が平時から情報交換を行い、互いの長所や短所を知り合うことが必要で、それによって、緊急時には活動の重複が回避され、その場その場に応じた迅速な展開が可能となる。

2. インプロビゼーションとしての、ボランティアを含んだ災害救援システム
◇緊急時へのモードチェンジを可能にする計画を
 阪神大震災の救援活動に参加したボランティアは、自らの「かけがえのなさ」を被災者や他のボランティアによって承認されるという経験を味わった。それは、ともすれば、孤立化していた生活の中で、「他者とともに熱くなれる」体験で、自己表現や楽しさ、美しさといったイメージをボランティアにもたらした。このことによって、「特殊」な先駆者によって担われていたボランティア活動に、多くの人々が「気軽に」参加できる素地が形成された。
 しかし、ボランティア活動に参加した人々の思いや能力を十分に活かすだけの準備がまだ整っていない状況の中で、災害救援に関わる各組織・個人が、効率的な相補性を実現するために、一定のルールが生成されねばならず、互いにその特性を知って行動する必要がある。
 まず、行政は、防災計画が完全ではありえないことを進んで認め、平時と緊急時のモード・チェンジができるようにならねばならない。想定した域を超え、シナリオのないインプロビゼーションへと体制を変化させる迅速な判断が、もっとも重要である。モードをチェンジしたなら、現場で活動する行政職員、ボランティア団体、企業などへの大幅な権限委譲ができるかどうかが問われる。そのためには、迅速なモード・チェンジを可能にする計画が必要で、シナリオのないインプロビゼーションを十分な実力と「間」をもって行うために、ボランティア団体や企業などとの交流を、平時から積極的に進めておかねばならない。

◇ボランティア団体も連携や情報開示で信頼を得る努力が必要
 企業は、ボランティア休暇の導入などで、企業市民化を推進する一方、物資や技術、資金などを被災地に投入することが期待される。緊急時に、他の参加組織・個人と適切な「間」をとりながら、支援を展開していくために、平時からボランティア団体などを支援していくことが課題である。平時の関係が、緊急時のインプロビゼーションを可能にするからである。
 災害ボランティア団体は、自己のマネージメント(人事・労務、財務、そして情報)で実力をつけ、他の団体との連携を維持し、積極的に情報を開示するなどして、信頼を得る努力をしなければならない。
 これらの活動を見守る市民は、受動的に見守るだけでなく、積極的に参加していくことが期待されている。マスコミや学者や批評家は、現場に参加していない人々に、現場の状況をいかに伝えるか、参加組織・個人に評価を聞きながら、自らも参加していくことが求められている。

3. ボランティアを含んだ災害救援システムを運営していくために
◇対象と時期の違いで異なるコーディネート
 ボランティアを含んだ災害救援というインプロビゼーションを実際に運営するためには、第1にコーディネーターの役割を理解することが必要である。コーディネーターは、個々の参加者の自主性をもとに、場全体を効率的に運営するという役割を担っているが、対象が個人の場合と組織の場合との違い、緊急時と長期の違いを認識すべきである。
 救援活動の最前線で、被災者と個人ボランティアをコーディネートする場合は、個別のニーズを情報収集し、互いの相性と、双方の満足感に配慮したコーディネートが必要だ。組織間では、全体を大局的に把握して効率を高めるため、各組織の資源をいかに的確に配置するかに配慮する。また、緊急時の短期的コーディネートの場合は作業効率を重視し、復興をも視野に入れた長期的なコーディネートでは、被災地住民の自立と即応したボランティアの引き際の計算も必要だ。
 第2に、災害救援活動がインプロビゼーションである以上、ボランティアを含んだ災害救援システムにも完璧はないことを認識して、計画しすぎないことが重要である。厳格なシナリオが、かえって足枷になる場合もある。各参加組織・個人の自主性を尊重し、被災者を主役に据える基本を維持した上で、それぞれのルールや選択を妨げないことが、ボランティアを含んだ災害救援活動を維持していく秘訣である。

4.ボランティアを含んだ災害救援システムの基盤整備のために
◇財政基盤の弱い救援システム参加者のボランティアに必要な財政支援
 21世紀の日本社会が、ボランティアを含んだ災害救援システムを築き上げて維持するためにはコストが必要だ。そのシステムに参加する中で、もっとも財政基盤の弱いボランティア団体を支援するためには、(1)寄付金控除を含めた法体制の整備、(2)ボランティア活動への支援金を含めた義援金制度の見直しや基金の創設、(3)個別活動への支援でなく「顔の見える」ネットワークを維持する日常の運営費の支援、が必要である。

◇21世紀の日本社会のためにインプロビゼーションを支え続ける
 このインプロビゼーションの幕間は短い。次の災害救援までの短い期間に、いかに力を貯えておくかが問われている。21世紀の日本社会は、ボランティア個人の間に、感動と共感の経験を積み重ねながら、ボランティア活動というストーリーを、各自が紡ぎ続ける社会である。災害救援の現場にも正解は存在せず、問いを作り続けるインプロビゼーションの活動が展開される。この活動を、本番でも、幕間であっても、社会として支えていくことが、今、求められている。

                                    以 上

              21世紀の関西を考える会
      ボランティアを含んだ都市・地域防災チーム
          新野 幸次郎  神戸都市問題研究所所長
   <リーダー> 渥美 公秀   大阪大学人間科学部助教授
          池田 直樹   弁護士
          伊永  勉   日本災害救援ボランティアネットワーク代表
          杉万 俊夫   京都大学総合人間科学部教授
          辻田 博昭   稲畑産業人事総務本部長
          中川 和之   時事通信社社会部科学班(災害取材担当)
          松井 淳太郎  大阪ガス人事部いきいき市民推進室長


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